工場の製造工程で班長を任されていた男性は、10人余りの工員を差配してした。そこへ着任した管理部門の上司は5歳下だった。いきなりこんな暴言を浴びた。

「俺の方が年下だから一生こきつかってやる」

 男性は、この上司と現場の板挟みになりながらも1年間耐えた。

 現場経験が豊富な男性は工員や外部の業者からも頼りにされ、業務が集中した。早朝に出勤し、未明まで帰宅できないこともあった。しかし、班長には残業手当がつかなかった。

 あるとき新人が作業中、けがをした。現場への目配りができなくなっているのを痛感した。

「このままだともたない」

 だが、転職は考えなかった。長年勤務し、社内全体を見渡すことができたため、他部署に移れば今の状態から抜け出せる、との見通しが男性にはあった。

「降格してもいいから他部署に移してほしい」

 会社にこう願い出て、今の部署に移った男性の働き方は大きく変わった。

 安全第一・生産効率を厳しく問われない職場でヒラ工員に戻り、仕事の密度は四分の一ぐらいに減った。「言われたことだけやっておくので、いいようにつかってもらえばいい」と頭を切り替え、「指示されればなんでもやる」姿勢で臨んでいる。サービス残業はなくなり、ある程度自由に年休を取ることもできる。好きな山歩きも再開した。

 ただ、仕事のやりがいは失った、と感じている。

 班長時代は部品の発注を含め、自分の裁量で現場を回している充実感があった。今の現場は、約30年間の勤務で築いた専門スキルはほとんど役に立たない。見よう見まねで現場の作業を覚え、20年ぶりにフォークリフトを操り、率先して作業にかかわるようにしている。

 同僚は20代から40代。班長は一回り年下の30代だ。職場の雰囲気は悪くない。年下の上司は、自分に気をつかってくれている、と感じている。男性も同僚には気をつかっているという。

「経験上、これをやるとたぶん失敗するなとわかっていても、しゃしゃりでて口出しするようなことはしないように心掛けています。ラインが止まりそうになる最後の最後に、ちょろっと、遠慮気味に伝えるようにしています」

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