不安を抱えたまま本番を迎え、マイナス思考に陥るなかでの演技を悔やんだ。

「試合前はもう、自分が今から演技するとは思えない、演技したくないっていう気持ちが前に出た。自分のなかで心の葛藤があり、全然定まらないまま試合が始まって、いつのまにかフリップを降りていて、でも、それが自信になることはなく、後半のジャンプを二つとも失敗してしまいました」

 宇野はショート後、一人になってから涙を流したと後日に明かした。それくらい、精神状態は追い詰められていた。

フリー当日。朝の練習でもジャンプの失敗は目立った。そして、本番。冒頭の4回転サルコー、2本目の4回転フリップで手をついた。4回転-2回転の連続トーループは決めたが、その後の2本のトリプルアクセル、単発の4回転トーループの計3回、転倒した。大歓声が宇野の背中を押して、最後まで滑りきったが、スピン、ステップのレベルの取りこぼしも目立った。フィニッシュポーズを決めた宇野の表情は、当然さえない。ひとりぼっちで得点を待つ「キス・アンド・クライ」に座ると、「昌磨、昌磨」の大歓声がこだました。それを聞いた宇野はひざに腕を置いて、完全にうつむいた。そして、泣いた。涙の理由は、

「自分がもし、一人で演技をして、歓声が何もなかったら、決して泣くことはなかったと思うんですけど。ま、本当にあのような演技をして、それでも歓声をたくさん送っていただいたことに、うれしさと、なんか言葉では表現できない涙が出てきました」

 しかし、宇野は後ろ向きなことばかりは言わなかった。フリーは何度失敗しても、決して諦めることはなかったという。

「ショートがあったからじゃないですかね。あれだけ失敗すれば、本当に嫌になってしまうと思うんですけど。いつもの自分ならなっていると思います。途中立て直したわけではないですけど。でも、自分のなかでは悪い演技ではなかったというのもおかしいんですけど、ジャンプをちゃんと跳べれば、良い演技だったと言える精神状態ではあったんじゃないかなと思います」

(朝日新聞スポーツ部・大西史恭)

AERA 2019年11月18日号より抜粋

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