長谷川慎(はせがわ・しん)/1972年、京都府生まれ。東山高から中央大に進学。その後サントリーに入社し、97年に日本代表デビュー。99年、2003年のW杯に出場し、07年に現役を引退。サントリー、ヤマハ発動機などでコーチを務める(撮影/編集部・井上和典)
長谷川慎(はせがわ・しん)/1972年、京都府生まれ。東山高から中央大に進学。その後サントリーに入社し、97年に日本代表デビュー。99年、2003年のW杯に出場し、07年に現役を引退。サントリー、ヤマハ発動機などでコーチを務める(撮影/編集部・井上和典)

 日本中を感動の渦に巻き込んだラグビー日本代表の8強入り。その躍進の陰の立役者である長谷川慎スクラムコーチに、AERAは2019年11月11日号で単独インタビュー。強さの秘訣は「言葉」にあった。

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 蒸し暑さが残る静岡のエコパスタジアム。一瞬の静寂のあと、観客席から大きな歓声が広がった。振り返れば、ラグビー日本代表のターニングポイントともいうべきプレーだった。

 ワールドカップ(W杯)日本大会の1次リーグ第2戦となる9月28日の対アイルランド戦。2018年の欧州王者を相手に、6─12と6点差を追う前半35分頃、自陣22メートル線付近で相手ボールのスクラムを与える。

 両軍の屈強な戦士が8対8で組み合うスクラムは、レフェリーの合図とほぼ同時につかみ合い、押し合いが繰り広げられる。ボールの場所より前でプレーできないルールと相まって、攻防の起点になるスクラムはその後の試合展開に大きな影響を及ぼす。

 アイルランド代表は、スクラムへ入るフォワードに巨漢を揃える。特に最前列左のキアン・ヒーリー(32)が、やや外側から角度をつけて組み込み、揺さぶる。対戦相手はここで後手を踏み、スクラムを崩す。するとレフェリーに「わざと崩した」とみなされ、反則を取られる。アイルランド代表はよく、こうして得点機をつかむ。

「ほとんどのチームが、あれ(アイルランド代表のような組み方)を狙ってくる」

 そう語るのは、日本代表スクラムコーチの長谷川慎(47)。16年秋に就任し、身体能力のみに頼らない緻密(ちみつ)な組み方を提唱してきた。

対戦相手分析に「スクラム500本見る」

 長谷川は、試合ごとに対戦相手の過去のスクラムを「500本は見る」と言う。担当レフェリーの癖を含めた膨大なデータを念頭に置き、「本気で組めるのは(1週間のうち)15分」のスクラム練習に落とし込む。アイルランド戦前も「それ(相手の組み方)をやらせない」よう、控え選手に頼りながらシミュレーションを重ねた。

 それでもアイルランド戦序盤は敵の術中にはまった。さらに近年は、スクラムで攻撃側に有利な笛が吹かれがち。日本代表のファンにとって、自陣での相手ボールのスクラムはピンチに映った。

 だが、桜の戦士たちは、その局面を「見せ場」に変えた。

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