「吉本に入れるぞ」は、大阪の子どもにとって恐怖の脅し文句だった。それが今や、政権との蜜月関係ばかりが目立つ。お笑いの矜持を忘れてはいないか。
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「吉本新喜劇」の舞台に安倍晋三首相が立ち「四角い仁鶴がまあるくおさめまっせ」とG20サミット開催をアピールしたかと思えば、看板芸人のダウンタウンは大阪万博誘致のイベントで松井一郎大阪府知事(当時)の頭にバシッとつっこみを入れる──。
吉本興業と、政府や自治体。両者の蜜月関係を目にする機会は今や珍しくない。ただ、安倍首相が舞台に立った新喜劇について、兵庫県の男性会社員(44)は、こう首をかしげる。
「ここまでやると、ちょっと気持ち悪い。会社として大丈夫なのか」
安倍氏が登場したのは、7月の参院選の前哨戦とも位置づけられていた衆院大阪12区の補欠選挙の投開票前日だった。結果的に自民公認候補は敗れたが、吉本が政治利用されただけなのか、自ら何らかの思惑で安倍首相を招いたのか。経緯はわからないものの、男性には違和感ばかりが残った。
男性が子どものころの吉本のイメージは、今と違った。
「しょうもないことやってると大人に『吉本に入れるぞ』と叱られてたんですよ」
吉本は「やばいところ」「搾取されるところ」と思われていたといい、男性にとっては、テレビで楽しむことはあっても関わり合いになりたいと思う対象ではなかった。ところが、その後の東京進出以降の快進撃。
「勉強や運動が嫌いでも、お笑いが好きなら若者にとって吉本がある種の希望になった」。事業はどんどん大きくなり、「関西では『大したもんや』っていう受け止めでしたよ。それなのに……」。純粋に「笑い」を追求する企業ではなくなった、男性はそう残念がる。
吉本はこの数年で急激に国の中枢や公的機関との距離を縮めている。
政府が87%を出資しているクールジャパン機構(東京)は今年、吉本興業とNTTが協力して展開する教育コンテンツを発信する事業に、最大で100億円を出資することを決めた。機構はほかにも、吉本興業と在阪テレビ局、電通など計13社による大阪城公園を舞台にした発信事業など、吉本関連の事業に2件で22億円を支出している。