「(大谷が)良い選手だとは知っていました。エンゼルスは良い選手を手に入れたと。投手と打者の両方をこなすと聞いていたからです」

 ホームランの瞬間、近くに来るのが分かり、グラブをはめた手を伸ばした。ボールは捕れなかったが、インコーバイアさんがすぐに手渡してくれた。

「めちゃくちゃ興奮したのを覚えています」とマシューくん。「グローブにボールを入れて何度もお父さんに見せました。ゲットできたなんて信じられませんでした」

 10分もしないうちにエンゼルスの職員がやって来た。「大谷に記念球を譲ってくれないか」とお願いされたマシューくんは快諾した。

「大谷にとって大事な初ホームランなので、譲るのが正しいことだと思いました。メジャーリーグでも活躍できることを見せた第一歩でもあるので」

 その時、エンゼルスの地元紙オレンジ・カウンティ・レジスターの記者として球場の記者席に座っていた私は、ボールを捕った観客に話を聞こうとライトスタンドに向かった。

 すでに10人くらいの記者が、マシューくんに群がっていた。他の記者が去った後に話しかけると、開口一番、「前に座っている優しい男の人がくれた」と言う。前を見ると、後ろの取材騒ぎを尻目に、インコーバイアさんが試合に見入っていた。

 ボールを最初に拾ったのは本当かと尋ねると、「そうです」と何事もなかったかのように答えた。

「(マシューくんは)エンゼルスのファンで、僕はインディアンズのファン。彼のほうが、ずっとありがたみがわかるはず」とインコーバイアさんが言った時の、後悔をみじんも感じさせない穏やかな表情を、私は今でも忘れられない。

 試合後、大谷にボールを贈呈するため、マシューくんは球場のクラブハウスへ招かれた。

 一緒に呼ばれなかったインコーバイアさんとジーアックさんは、「大谷には会えそうにない」と思い落ち込んだと言う。しかし、試合が終わりに近づき、球場を出ようと歩いていたら、インコーバイアさんの携帯に突然、電話がかかってきた。エンゼルスの職員から大谷にボールを贈呈するのに立ち会ってほしいとお願いされたのだ。

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「与えていれば、いつか報われます」