山下泰平(やました・たいへい)/1977年、宮崎県出身。明治・大正の大衆読み物を渉猟し、講談速記本をテキスト化、インターネットで公開し話題に。「kotoriko」名義でも活動(写真部・掛祥葉子)
山下泰平(やました・たいへい)/1977年、宮崎県出身。明治・大正の大衆読み物を渉猟し、講談速記本をテキスト化、インターネットで公開し話題に。「kotoriko」名義でも活動(写真部・掛祥葉子)
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『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』は、明治・大正時代、夏目漱石や森鴎外を人気で圧倒し、大衆に熱烈に支持された娯楽物語の「規格外の小説世界」を紹介した一冊。著者の山下泰平さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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 まずは長大なタイトルのインパクトを見よ。あまりに長いので担当編集者がつけた呼び名は略して『まいボコ』。

 おなじみ『東海道中膝栗毛』の弥次喜多が宇宙旅行をする『宗教世界膝栗毛』、タイトルの元になっている『蛮カラ奇旅行』では、“理由もなく強い男”島村隼人がハイカラ討伐の旅に出る。旅先で、『舞姫』の太田豊太郎そっくりの設定の男に酷い目にあった狂女に出会うと、同情して相手の男をボコボコに殴る決意をする──。山下泰平さん(41)が紹介する明治娯楽物語は「こんな明治があったのか」という、驚きに満ちているのだ。

「もともと明治の純文学が好きでした。大学時代を京都で過ごしていた時、大家さんが古本屋さんで、『B級資料を読むといいよ』と勧めてくれたんです。最初はチラシやパンフレットに出てくる面白い文章を読んでいて、それから立川文庫の復刻本に移って。ネットオークションで本を手に入れて、読んでいました」

 そこに2002年、「国会図書館近代デジタルライブラリー(現デジタルコレクション)」がスタートする。国会図書館が所蔵している明治期刊行図書が、どこでも読めるようになった。本書に登場する奇天烈な作品のほとんどを読むことができる。

「最初の年には300冊くらい読みました。明治の娯楽小説の要素が全て入っている、講談速記本が多かったですね。ある種の合理性がありながら、猥雑、そして粗暴でもある」

 やがて山下さんは講談速記本をテキスト化し、ウェブで公開。それが話題となり、スタジオジブリの月刊誌「熱風」に、「忘れられた物語──講談速記本の発見」を2年にわたり連載する。

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