
皇后雅子さまが6月16日、「香淳(こうじゅん)皇后例祭」を静かに欠席された。過去には皇后の宮中祭祀(さいし)への欠席に対し、批判的な声が上がることもあったが、雅子さまの適応障害という病を前提に「できること、できないことを温かく見守る」空気が国民の間にも広がっているという。コラムニスト・矢部万紀子の考える「ゆる公務の勧め」の大前提とは?
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皇室外交はできる。宮中祭祀はお休み。今も闘病中の雅子さまだから、そんなメリハリをつける「ゆる公務」。それをお勧めしたいと思っていたし、香淳皇后例祭の欠席で、それが受け入れられ始めている。だからこそ「ゆる公務の勧め」なのだが、そのためには大前提があるとも思っている。
それは、国民にありのままの姿を見せていくこと。平成時代のお二人には、これが足りなかったと感じている。また拙著の話で恐縮だが、皇室にはステークホルダーの概念が足りない、と書いた。今やどこの企業も最重要視している株主や消費者への意識。皇室に株主も消費者もない。が、雅子さまの病をめぐって、国民の目をもっと意識していれば。そう思ったのだ。
適応障害は生きづらさを感じる人が増えた平成にあって、共感を覚える人も多い病だ。なのに、それが国民に伝わらない。雅子さまの覚えたであろう孤独感、息苦しさなど「ありのままの姿」が伝われば、雅子さまへの視線は、まるで違うものになったはずなのにと思い、書いた。
同じことを考えていたのがアエラだ。雅子さまへの逆風が吹き荒れている12年、「雅子さまを諦めきれない」という記事が掲載された(2月13日号)。戦略コンサルタント経験のある43歳の女性が登場し、自分なら雅子さまのネガティブイメージを払拭するため、重点活動は三つに絞る、と語っていた。
彼女は1992年入社だそうだから、「男女雇用機会均等法1期生」のすぐ下になる。アエラはずっと雅子さまの属する「1期生」に注目し、雅子さまの味方だった。だからこそ、雅子さまをめぐる「戦略」の必要を訴える。そんな記事だった。