■顔に振り下ろされるたいまつ
思い浮かんだのは以前、長野県野沢温泉村で目にした光景だった。
「ウインタースポーツの取材で野沢温泉スキー場によく行っていたんです。そこで、もう真っ黒焦げ、っていう感じの若者が歩いていたのを思い出した。髪の毛はチリチリで、やけどをおった顔はかさぶたにもなっていない状態だった。地元の人に、あの人どうしたの、って聞いたら、ああ、前日のお祭りに出た人だね、と言う。どれだけ激しい祭りなんだよ、と思った」
13年1月、甲斐さんは野沢温泉村の道祖神祭りを取材した。クライマックスはブナの木を切り倒して作り上げた「社殿」を燃やす「火つけ」である。
社殿は高さ10数メートル、一辺8メートルほど。これをただ燃やすのではない。25歳の厄年を迎えた若者たちが社殿の前に立ちはだかり、火をつけにきた村人から身をていして守る。
「たいまつで火をつけにいくというのは口実なんです。実際はそれで彼らをぶったたきに行く」
それは「攻撃」と呼ばれる。若者たちは火のついたたいまつを手に飛び込んでくる村人の攻撃にひたすら耐える。振り下ろされるたいまつのすすで顔面は真っ黒になり、血に染まる。煙で充血した目が暗闇に浮かび上がる。強烈な通過儀礼だ。
それを至近距離から撮影する甲斐さんも必死だ。
「ピントは一応、合わせる努力はしました。カメラは大丈夫でしたが、ストロボは根元から折れました」
■裸になって撮りゃいい
はだか祭りを初めて写したのは三重県河芸町(現在の津市)・八雲神社の「ざるやぶり神事」だった。境内で男たちが裸でもみ合う「練り」が行われ、そこに直径1メートルほどのざるが投げ込まれる。あっという間にざるは引きちぎられ、御利益があるされる竹片を奪い合う。
「最初、15年に撮りに行ったんですけれど、うまく中に入れなかった。格闘技的な神事を撮り始めたころだったんですが、中に入れないと撮れねえなあ、ということがだんだんわかってきた。でも、撮影場所が厳しく制限されている祭りもある。ポジションを確保できないときは諦めます。いい結果を残せませんから」
そして、「ざるやぶり神事を撮影できたのは、本当に偶然だった」と、振り返る。
「17年に近くの祭りを撮りに行ったんです。ざるやぶり神事には行けるかどうか、わからなかった。結局、行けたんですが、事前に何の連絡もしなかった。お昼を食べに店に入ったら、地元の人が宴会をしていた。ざるやぶり神事の関係者らしいことがわかったので、あいさつをした」
宴会をしていたのは、ざるやぶり神事の保存会のメンバーだった。
「こういう写真を撮りたいんです、という話をしたら、『お前も裸になって撮りゃいいじゃねえか』って、言われた。要するに、ふんどし一丁。最初はちょっと、戸惑ったんですけれど、ある意味、一番いい方法を提案してくれたわけですから、断っちゃいけないな、と思った」
その夜、甲斐さんはふんどしを締め、「練り」に参加した。