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甲斐啓二郎さんの撮影テーマは祭りだ。
躍動感あふれる神輿(みこし)、あざやかな浴衣姿、楽しい屋台――祭りの写真といえば、そんなイメージが浮かぶかもしれない。しかし、甲斐さんが写す祭り写真はまるで違う。
ふんどしを巻いた体から立ち上る蒸気。ひしめき合う腕や足。血がにじみ出た手のひら。激しい小競り合いでゆがむ顔。そこに浮かぶ殺気と喜びが混じり合ったような不思議な表情。すぐ目の前に構えられたカメラを気にする様子はまるで感じられない。
いったい、彼らは何者なのか?
3年前、筆者が甲斐さんの作品「骨の髄(ずい)」を目にしたとき、そんな疑問を強く抱いた。それは最新作「綺羅(きら)の晴れ着」でも変わらない。
彼らは福を求めて死力を尽くして戦う男たちである。甲斐さんはそのなかに身を投じ、文字どおり肉薄してきた。
■ルールは「人を殺さない」
撮影のきっかけは11年前、もともとスポーツを撮影してきた甲斐さんは、サッカーの起源といわれる祭り「シュローヴタイド・フットボール(Shrovetide Football)」を取材するため、イギリス中部の田舎町、アッシュボーンを訪ねた。
祭りは一種の試合で、町なかを流れる小川を挟んで住民たちは「アッパーズ(上手チーム)」と「ダウナーズ(下手チーム)」に分かれてボールを奪い合う。
試合なのでルールがある。「教会に入らない」「人を殺さない」。しかし、それ以外は「殴っても、蹴飛ばしてもいい。もちろん、いざこざは必ず起こる」。
実は、甲斐さんにはもうひとつのもくろみがあった。
普段、スポーツの撮影ではフィールド内に立ち入って撮ることは許されない。
「決められた取材エリアから望遠レンズで撮るわけですが、立ち位置が同じだからみんな同じような写真になってしまう。オリジナリティーはあまりない。なので、中に入って撮りてえなと」思っていた。
シュローヴタイド・フットボールの取材では「彼らの中に入って、いっしょにボールを追いかけ、いっしょに逃げて、という感じで撮影した」。
帰国後、フィルムを現像し、ベタ焼きを見た瞬間、「なんじゃこりゃ、と思った」。
「自分で撮ったのに、わけがわからないものが写っていた。体をぶつけ合って、デモみたいだな、と思った。それで、このわけのわからなさをそのまま作品にしようと考えた」
さらに、「ひょっとしたら、ほかの祭りでもこういう撮り方ができるんじゃないか。生々しい人間の姿が写せるのではないか」と思った。