日本人男子として2人目となる快挙、アイスクライミングのワールドカップ決勝進出を決めた秘策は、自動車部品メーカーが作った「アックス」だった。一体なぜ、異業種企業がスポーツ産業に参入したのか。
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地上15メートル、宙づりになったキューブ(立方体)の底面で体を支え、アックスを握った右腕を目いっぱい振り伸ばした。はるか先のホールドに刃を突き立てて体を引き上げると、米コロラド州デンバーの特設会場に詰め掛けた1万2千人の大観衆が一斉に沸く。今年2月、アイスクライミング日本代表の門田ギハード選手(30)が、日本男子として2人目のワールドカップ(W杯)決勝進出を決めた瞬間だ。
観客のひとりとして見守ったのが、自動車部品メーカー、旭鉄工の今井武晃(たけあき)さん(28)。門田選手のアックスは旭鉄工が特注で製作している。
アイスクライミングは、先端に刃がついた斧のような形状のアックスをホールドと呼ばれる突起にひっかけ、アクロバティックに壁を登る競技だ。ヨーロッパや北米、韓国で人気が高く、近い将来、冬季五輪で正式種目入りする可能性もある。だが、日本での認知度は低い。門田選手にも支援は少なく、大手カメラメーカーで働き、有給休暇を使ってW杯に参戦している。コーチはいない。遠征費も自腹だ。
「どんなに工夫しても、プロとして競技に専念する上位陣と戦うには限界があります。その壁を超える秘密兵器がこのアックスです」(門田選手)
門田選手と今井さんは大学時代からの友人で、昨年再会した際、門田選手が製作を依頼した。
──100%自分に合った最高の道具を使えば、届かなかった数センチが届くかもしれない。
門田選手の思いに乗った今井さんは、旭鉄工でプロジェクトを立ち上げ、重さ・重心・持ち手の位置などの設計と構造計算、試作を繰り返した。通常は2カ所に分かれる持ち手を、長さを細かく調整して力を伝えやすいよう3カ所に。凹凸は門田さんの手の形や握力を考慮して微調整を重ねた。できあがったアックスは、「現状で最高」。