2016年5月にオープン。左手の坂を下りたすぐ先に、風光明媚な宮川湾が広がる。ポリカーボネートの外壁が、店の自由さを表す(撮影/猪俣博史)
2016年5月にオープン。左手の坂を下りたすぐ先に、風光明媚な宮川湾が広がる。ポリカーボネートの外壁が、店の自由さを表す(撮影/猪俣博史)
岩崎聖秀さん(右)と蛭田奈奈さん。歩いて1分の海岸は、格好の“アウトドア席”。ベーグルを買ったお客さんも、ピクニック気分で足を延ばす(撮影/猪俣博史)
岩崎聖秀さん(右)と蛭田奈奈さん。歩いて1分の海岸は、格好の“アウトドア席”。ベーグルを買ったお客さんも、ピクニック気分で足を延ばす(撮影/猪俣博史)

 交通の便も良くない立地で、営業時間も短い……そんな“不便”なベーグル店が人気を博している。人気の裏には、街の「肌合い」に焦点を当てた店づくりがあった。

【写真】歩いて1分の海岸は、格好の“アウトドア席”

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 駅から離れた不便な立地。商業地、観光地、住宅地のいずれでもない。営業時間は土日の午前10時から午後3時まで。売り切れたら補充はしないで、そこでおしまい。

 飲食チェーンの企画会議だったら、間違いなく却下されそうな事業計画を成立させ、人気を博している店が神奈川県三浦市にある。“秘密の入り江”とでも呼びたくなる宮川港の、すぐ脇に位置する「みやがわベーグル」だ。

 プロジェクトの発端は、三浦半島にあるゴルフ練習場「湘南衣笠ゴルフ」の2代目経営者、岩崎聖秀さん(42)が抱いた地元への危機感。昭和の高度経済成長期には、海水浴客で賑わいを極めた三浦も、近年は人口減少と過疎化が著しく、空き家問題の対策とともに地域の活性化が大きな課題になっていた。

「でも、地域活性というと、どこでも大型ショッピングセンターの誘致になり、逆に地域の個性がなくなってしまう。そこで、便利の対極を行くことで、三浦のよさを打ち出せないかと考えたのです」

 岩崎さんのもとに、地域で思いを同じくする公認会計士の高梨善裕さん(40)、建築家の福井信行さん(43)、パン職人の蔭山充洋さん(43)、子育て中の蛭田奈奈さん(39)が集まり、プロジェクトがスタート。商店街のはずれなど、あえて不便な場所を探した中でも、際立って不便な立地が、このひっそりとした漁港だった。

「ここには高梨さんの実家が持つ釣り具倉庫も半壊状態であったんです。ここまで不便なら、逆にそれがブランドになる、と思いました」

 そんな読み通り、通常ではありえない立地と営業時間が、知る人ぞ知る港の隠れ家感、特別感を演出して、人々の好奇心を刺激。口コミで知った客が、途切れなく訪れるようになった。

 みやがわベーグルのチームは、岩崎さんのような実業家をはじめ、事業手続きに詳しい会計士、おいしいパンが焼けるパン職人、空間構築のセンスがある建築家、家事マネジメント能力が高い主婦が、それぞれのスキルを交換することで成り立っている。

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