●骨折6回、股関節脱臼2回、満身創痍のベテラン演者も

 住民の住宅と檻の距離に見合う場所で測っている。音量を下げようと団員総出で分厚い毛布を重ねて縫い合わせ、防音幕をこしらえて、檻を覆った。その結果、閑静な住宅地の昼間程度の40デシベルまで音量は下がっていた。
 住民側の態度は軟化した。「とにかく誠心誠意、何度でも足を運び、ご説明するだけです」と唯志の姉で副社長の嘉子は言う。

 岡山公演は、主催者の山陽新聞社も集客に懸命だ。同社の会長・越宗孝昌は「本拠地ですから他の公演地には負けない実績をあげたい。団員は命懸けです。読者のサーカス体験など、知恵を絞って営業をしたい」と力を込める。

 実際、ベテランの演者は、命を削り、満身創痍だ。骨折6回、股関節脱臼2回という猛者もいる。

 初日のショーはクライマックスを迎えた。いよいよ空中ブランコだ。地上13メートルの飛行台から入団5年目の平田有里(24)が男性顔負けの大きな弧を描き、キャッチャーに向かって跳んだ。キャッチャーが差し出す両手をつかんだ、と思いきや、「ああッ」。右手は握れたものの、左手がすっぽ抜け、片腕だけでぶら下がった。手が離れたら、下の安全ネットの外に落ちる! 平田は必死に左手を伸ばしてキャッチャーの手をつかんだ。

 キャッチャーは平田をネットの中心に落とし、彼女は舞台裏に消えた。痛恨の失敗だった。その後もフライヤーが次々に跳ぶ。平田が再び姿を現し、鉄柱をするする登っていく。まさか、と固唾をのんで見守っていると平田はもう一度跳んだ。こんどは見事に成功し、飛行台に帰りつく。二度と再現できない「勇気」に観客は万雷の拍手を送った。ショーを終えた平田は言う。

「あんな失敗は初めてで、死ぬかと思いました。でも、あれをお客さんに見せたのは納得できなくて、舞台裏で気持ちを落ち着かせて、やりますって。失敗で終わらせたくなかった」

 木下サーカスの大空間には過去、現在、未来の「人生」がつまっている。(文中敬称略)(ノンフィクション作家・山岡淳一郎)

AERA 2018年7月30日号

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