筆者は、“VUCA”(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代においては、これらVUCAをむしろ糧として企業価値を高められるような、「アンチ・フラジャイル」な戦略の構築が必要であると確信した。そして、このアンチ・フラジャイル性を、「ヘッジ性」と「リアルオプション性」の二つのパラメータの掛け算で定義し、アンチ・フラジャイル性の高い事業を東京電力の経営戦略に組み込むことを提唱した。
そして、アンチ・フラジャイル性の高い事業の一例として、MW2MHプロジェクトを提案。これは、変動性再生可能エネルギーの余剰分(MegaWatt:MW)を、分散コンピューティング技術により、デジタル価値(MegaHash:MH)に直接変換するというコンセプトである。
2018年当時、再エネの導入増大により、九州地方では出力抑制という事象が発生しはじめていた。出力抑制とは、春秋のように電力需要が低い季節の晴れた日中に、太陽光発電による供給が増大し、需要を上回ると、電力系統が不安定になり停電するリスクがあるため、太陽光発電を止めざるを得ない事象を指す。せっかくの太陽エネルギーが有効活用されずに捨てられるのだ。
同じころ、ビットコインをはじめとする仮想通貨の取引が日本でも活発になり、ビットコイン価格が急騰・急落するという展開を見せるとともに、仮想通貨マイニングという仕組みが、大量の電力を「浪費する」というネガティブな報道が増えていた。
そこで筆者は、仮想通貨マイニング(一種の分散コンピューティング技術)が電力を大量に消費するという特性を逆手に取り、変動する再エネの発電量に合わせて柔軟な電力需要を創出することで、再エネを余すところなく有効活用するソリューションを考案した。電力業界では、変動再エネの課題は大量の蓄電池を導入して調整するしかない、という固定観念が主流であったが、筆者は、GSBで常々意識していた“Think outside the box”のアプローチで、これまでにない発想に至ることができた。
MW2MHプロジェクト構想は、東京電力経営層の関心を引くことができたものの、筆者の本業は原子力だったため、研修期間終了後は課外活動として構想を練る必要があった。ここでも、Paths to Powerの教訓を生かし、社内キーパーソンおよび関連組織の利害関係を理解し、2020年夏にようやく原子力部門から、送配電事業を行う東京電力パワーグリッド(東京電力PG)への異動を勝ち取り、正式な業務としてプロジェクトを推進できるポジションを得た。そこに至る道のりでは、自腹でシンガポールに2往復し、ブロックチェーン業界のキープレーヤーと意見交換したり、自宅で仮想通貨マイニング装置の実験をして、経営層にプレゼンするためのデータ採取をしたりした。