経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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トランプ米大統領が、イラン核合意から離脱した。アメリカファーストとは、こういうことだったか。今、改めてそう思う。
イラン核合意は、2015年7月にイランと米英仏独中ロ6カ国の間で成立した。それによって、イランは核開発を大幅に制限することになった。その見返りとして、欧米による対イラン経済制裁の緩和が約束された。
この合意に対して、トランプ大統領は「致命的な欠陥がある」とケチをつけた。イランの弾道ミサイル開発を阻止できない。核開発制限が期限付きなのが問題だ。主として、そのように主張している。
トランプ流の認識によれば、要するに、この合意はイランによる「やらずぶったくり」だというわけだ。合意の枠組みを維持することは、盗人に追い銭を貢ぎ続けるものだ。そんなことに加担していれば、アメリカは、ひたすら損をし続ける。こんなことをやっていると、アメリカはなめられるばかりだ。こんな割に合わない合意からは脱退する。
アメリカ、アメリカ、アメリカ。自分、自分、自分。ただただ、ここだけが前面に出ている。世界の非核化のため。世界平和のため。世のため人のため。このようなテーマの影は、トランプさんの脳内レーダースクリーンをもってしては、一切、検知することができないらしい。
ここまで、全てが個別的損得勘定でしか判断されないとなると、これは実に危険なことだと思う。だが、ここにこそ、トランプ流の本質がある。個別相対で全ての案件を判断する。アメリカ対当面の相手方。あくまでも、この関係の枠の中でしか、勝った負けたや有利・不利を判定しない。そして、その判定基準の枠内で、アメリカが敗北を喫するわけにはいかない。これがトランプ的世界観だ。
通商関係においても、この姿勢が徹底的に貫かれている。だからこそ、トランプさんは二国間協定に固執する。多角的で損得勘定がよく分からない「ディール」は嫌いなのである。
そもそも、イラン合意のような枠組みは、「ディール」ではない。誰が勝ったか負けたかの次元で考える話ではない。この1点が分からない人には、舞台中央に出る資格がない。
※AERA 2018年5月21日号