

「スポ根」という言葉が表すように、勝利はつらく血のにじむような努力の末に得られるものだと考えられてきた日本のスポーツ界。しかし、近年ではスポーツ先進国が実践する「楽しむ先に勝利がある」という意識に変わりつつある。
ロンドンとリオ、2度の五輪で女子バレーボール日本代表のコーチを務めた大久保茂和さん(38)も、「楽しまないと勝てない」実例を目撃してきた。
昨年9月までの1年間、JOCの在外研修で女子バレーボール米代表に帯同した。カーチ・キライ監督の指導は「目からうろこの連続だった」と語る。
キライ監督は、14年世界選手権で米女子を金メダルに導き、選手としても五輪で金メダル三つを獲得しているバレーボール界の英雄だ。指導では、選手になかなか「答え」を教えない。スパイクをミスすれば、
「君の目には何が見えていた?」
と尋ね、こう続ける。
「ソリューション(解決方法)は何?」
そうやって、選手に深く思考するきっかけを与える。合宿での練習は午前のみで、午後の時間は座学。「納税の仕組み」などライフスキルを身につけるための講義もあれば、隻腕の元メジャーリーガー、ジム・アボットら他の競技の一流アスリートに話を聞くこともある。
ミーティングルームのホワイトボードには、格言や著名人の言葉とそれにまつわるトピックが貼ってある。選手はそれを、自分のスマートフォンやカメラに収める。あるときは、
「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまくいかない方法を見つけただけだ」
というトーマス・エジソンの言葉が貼ってあった。内容は数日ごとに変わるが、そのすべてを「もっと失敗しよう」というメッセージが貫く。
練習やミーティングは、誰にでも全部見せる。大久保さんが「なぜそこまでオープンにするのか?」と尋ねたときのキライ監督の答えが秀逸だった。
「自分がやっていることを他者に隠した時点で、僕の学びや成長は止まる」
大久保さんは言う。