がん患者と医師のすれ違いを描いた医師で作家・久坂部羊氏の『悪医』。がん治療に対する医師の本音と治療に見出す患者の希望との間に隔たりが生じるという。患者はがんとどう向き合うべきなのか、久坂部氏と医療ガバナンス研究所理事長で医師・上昌広氏が語る。
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久坂部:医師は死と向き合う経験が多いですが、一般の方はそうではありませんよね。日本人は死に方が下手になったと思います。医療が進んで死を隠してしまい、現実を受け入れる能力が低下してしまったのではないか。諦めるのが苦手になり、そのために苦しみを増やしてしまっている。誰にも等しく必ず死は訪れるし、毎日余命は減っています。人生観や死生観について、考えを成熟させるべきなのかもしれません。
上:昨年末、がん対策の国の指針「第3期がん対策推進基本計画」に盛り込まれなかった、死亡率削減の数値目標について、青森県や鳥取県など25の道府県が独自に設定する方針であると報じられました。全年齢をひとくくりにして死亡率を語るのは、かなり極端な議論ですよね。年齢によって、がんの意味は大きく違うはずです。
久坂部:長寿の人が増え、がんは現在では老化現象のひとつでもあると考えられています。がんで死ぬということは、必ずしも全否定されるべきではない。
上:がんは、突然死とは違い、死ぬまでの準備をできるという見方があります。2014年末、権威ある医学専門誌「The BMJ」の元編集長リチャード・スミス氏が、「がんで死ぬのが最高の死に方」と書いて話題になりました。スミス氏は自殺を除く死に方を、突然死・がん・認知症・臓器不全に分類し、「認知症を抱え、長い時間をかけてゆっくり死ぬ」ことを最悪の死に方と断じていました。
久坂部:そういう視点を入れれば、都道府県のがん死亡率、日本のがん死亡率を議論する意味があるのか怪しいところです。
上:一方で、予防や早期発見できるがんも明らかになってきていますから、目的を見直す必要があると思います。
久坂部:がん治療で、ほかに上先生が課題と考えるところはありますか。
上:放射線治療に対しての理解が進んでいないと感じます。危険なイメージがあるのかもしれませんが、副作用は少ないと言われています。世界では全患者の6割が放射線治療を選択していますが、日本は3割にとどまる。これには、先入観だけではなく、日本には放射線専門医が極端に少なく、全国で1千人程度しかいないということも関係しています。厚生労働省の指定するがんの拠点病院は400もあるのに、その病院に放射線専門医が2人程度しかいないことになります。こうした不均衡にどう対処するかを議論すべき段階に来ているのではと思います。
久坂部:がんは解明されていないことも多いとされてきましたが、先日お招きいただいたシンポジウム(※)では、京都大学の小川誠司教授をはじめ、さまざまな画期的な臨床研究が報告されていました。
上:近年の研究の発展には目を見張るものがあります。がん治療は、臓器別の治療ではなく、全人的な治療に移り変わっていくのではと思います。特にゲノム治療は、今後の発展が期待される分野です。データ数の問題なので、国単位で取り組むより、IT企業などがグローバルに牽引するかもしれませんね。試行錯誤の過程で事件も起こるでしょうが、この20年以内にサービス上の大きな変化が来るのではと期待しています。
久坂部:そうなれば、がん治療も大きく変わりそうですね。
上:久坂部先生の次回作は、どんなテーマですか。
久坂部:現在、介護殺人をテーマに執筆中です。
上:それは楽しみです。いつかぜひ、ゲノム治療のお話も読みたいですね。
久坂部:医療がどれだけ進んでも、人の命の問題は普遍的です。医療の進歩がもたらす功罪や、安楽死、尊厳死にもアプローチしたいと思っています。
*2017年12月2、3日に行われた「現場からの医療改革推進協議会」のこと
(構成/編集部・熊澤志保)
※AERA 2018年3月12日号より抜粋