約80年間の陳情を経て、悲願の全通を果たした108.1キロの鉄路。地元の思いを乗せ、谷をまっすぐに突っ切る鉄路の駅に、乗客は今やほとんどいない。すべての人に開かれた公共交通機関は、その役割を評価されないまま、43年で命脈を閉じる。
広島空港から車で約2時間。高速道を降り数十分走り続けて視界が開けた先、田んぼの向こうにJR西日本・三江(さんこう)線の宇都井(うづい)駅(島根県邑南(おおなん)町)が姿を現した。地上20メートルにホームがある。通称「天空の駅」だ。
ここに来る列車は1日、上下合わせて8本のみ。午前11時過ぎから午後5時まで一本の列車も来ない。雄大な駅とギャップのある秘境感が旅情をくすぐるのか、ホームに併設された待合室の一角にはノートが置かれ、日本全国から「天空の駅」を訪れた感想がつづられている。20年近くノートを管理しているのは地元在住の松島喜久恵さん。
「宇都井駅ができる時は、大工さんのお手伝いで材料を担ぎに通ったりしたものです。鉄道ができて、町に出るのは本当に便利になりました」
今も月に数回、電動カートで15分ほどかけて駅に行く。列車を利用して、近くの温泉にも足を運ぶ。