内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
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企業不祥事はなぜ続くのか(※写真はイメージ)
企業不祥事はなぜ続くのか(※写真はイメージ)

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 企業不祥事が続く。東芝、三菱自動車、日産自動車、神戸製鋼所など日本を代表する製造業の経営者たちがフラッシュを浴びて深々と頭を下げる絵柄を繰り返し見せられた。東芝は会計不正だが、その他の企業はデータ改竄(かいざん)、無資格者による検査など、クラフトマンシップの根幹にかかわる不正を犯していた。

 これらの企業の経営者たちは今でも自分のことを経済合理性に基づいて判断し、行動する「ビジネスパーソン」だと自負しているのだろうか。彼らは言葉の正確な意味で「ビジネスパーソン」の資格を持たないと私は思う。

 経営の失敗について責任を取らされたくない、達成目標に届かなくて叱責(しっせき)されたくない、納期に遅れて取引先に頭を下げたくない――そういう「人間的」感情は私にも理解できる。だが、その「目先の嫌なこと」を回避するために嘘や手抜きを積み重ねることが将来どれほどのリスクを招来するか、彼らは不安にならなかったのだろうか。ブランドイメージに傷を負った場合、経営危機に陥るかもしれないと思わなかったのだろうか。思わなかったとすれば、そういう人は会社経営には向いていないと私は思う。ところが、驚くべきことに、日本の一流企業のいくつかは「会社経営にまったく向いていない」人たちによって経営されていたようなのである。

 彼らが改竄やルール違反を自ら指示し、知っていながら知らぬふりをしていたのなら論外だが、「現場が何をしているのか知らなかった」と言ってもそれは言い訳にはならない。企業のアジェンダを全社員に周知徹底させ、それを実現すること、それが経営者のただ一つの仕事である。それができない者は経営者ではない。だが、謝罪会見で経営者たちは口々に「現場から情報が上がってこなかった」「経営指針や職業倫理が現場に周知されていなかった」と告白した。それは「私は経営者として無能です」と告白しているに等しい。

 その告白と「経営者としての職務を完遂することで責任を取りたい」という言明の間に乗り越えがたい矛盾があることに気がつかないのだとしたら、彼らは経営能力以前に論理的思考力に深刻な問題を抱えていると言わなければならない。

AERA 2017年12月18日号