北原照久(きたはら・てるひさ)/1948年生まれ。86年にトーイズを設立、横浜市中区に「ブリキのおもちゃ博物館」を開設。「開運!なんでも鑑定団」に出演中(撮影/倉田貴志)
北原照久(きたはら・てるひさ)/1948年生まれ。86年にトーイズを設立、横浜市中区に「ブリキのおもちゃ博物館」を開設。「開運!なんでも鑑定団」に出演中(撮影/倉田貴志)
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北原さんのコレクションのひとつであるブリキのおもちゃ。復刻品が販売されたりもする(撮影/倉田貴志)
北原さんのコレクションのひとつであるブリキのおもちゃ。復刻品が販売されたりもする(撮影/倉田貴志)

「断捨離」と言われても、なかなかモノが捨てられない。だが、インターネットのおかげで、実家の片づけや引っ越しで出るガラクタにも値がつく時代に。訪日する中国人が、家の片隅に置かれた中国骨董に高値をつけ、メルカリでどんどん遺品整理もできる。タンスの中は、宝の山だ。AERA 2017年9月25日号では「お宝流出時代」を大特集。

 モノでも、体験でも人生の逸品を見つけられた人は幸せだ。その喜びは世界でひとつの物語。ブリキのおもちゃ博物館館長の北原照久さんのお宝を見せてもらった。

*  *  *

 お宝とは「トキメキ」です。集めたモノの数だけトキメキがあります。

 僕が玩具コレクターになったのは、大学1年だった19歳の時。オーストリアにスキー留学をしたのですが、ホームステイ先で家具も食器も古いものを大切に使う姿に驚きました。20歳で帰国し、実家近くのごみ置き場で古い柱時計を見つけ、持ち帰って油をさしたら針が動き出したんです。モノに命を吹き込んだような気持ちで、それがすごくうれしくて。それから時計やラジオを集め始めました。

 当時は「オタク」という言葉すらありません。「おもちゃを集めている」と言うと、「大人のおもちゃですか?」なんて言われてね(笑)。とにかくそれから49年間、集めっぱなしです。

 生活雑貨、ポスターや看板、ブリキのおもちゃ、現代アート……。これまで集めたコレクションの数をよく聞かれますが、数えられるうちは初心者、数え切れなくなったら中級者、上級者になると、気にしません(笑)。

 コレクションの守備範囲は広いです。だけど、集める基準は「琴線に触れた」モノだけ。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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