母と離れて暮らしていた女性は、母の危篤を聞くとすぐ病院に駆けつけた。すると、母は「のどが渇いた」と言って、しきりに水を飲みたがった。だが、水を飲むと誤嚥を起こす心配があるので飲ませないでほしいと看護師から言われ、小さな氷を口に運ぶことしかできなかった。だけど、水ぐらい好きなだけ飲ませてあげたかった。感謝の言葉を伝えることができなかったことにも悔いを残している。母に、「今までありがとう」の一言を言えなかった。母に最期であることを認識させたくないとの思いからだった。

「すべてをやりつくして母親を見送れた人は多くないと思います。私も、何とか前向きにいこうとは考えていますが、もう少し時間がかかりそうです」

 先の榎本さんによれば、悲嘆や後悔の念などは、愛着の対象を失った人たちの多くが抱く対象喪失反応。そのダメージは、母への依存度が高ければ高いほど、強くなるという。

「母親が亡くなった場合、混乱して自己コントロールを失って冷静な対応ができなくなり、攻撃的な衝動が表れます。それが医師や看護師などの病院関係者に向くこともありますが、自分に向かった場合は、罪悪感や自責の念になります」(榎本さん)

●現実を直視すること

 母ロスから立ち直るには、どうすればいいか。アンケートでは「母への手紙を毎日書いて客観的に自分の気持ちを知るようにした」「時間が解決してくれた」など、様々な意見があった。

 都内の会社員の男性(56)は、12年前に母を80歳で亡くし、うつを発症したが、現実と向き合うことで母ロスから立ち直ることができたという。

 人は必ず死ぬ──。頭ではわかってはいたが、母を亡くし心にぽっかり大きな穴が開いた。母の死から2、3カ月経ったころから物忘れが激しくなり、気分が晴れず、一日のうちで気分がコロコロ変わる気分変動が大きくなった。仕事にも支障が出るようになった。

「雨が降っていたなと思ったら日が差してくる。そんな感じでした」(男性)

 症状がよくならず、精神科に入院。入院中、投薬を中心とする治療がなされたが、同じ入院患者や友人らに励まされる中で、現実を見つめ直すことができた。人は遅かれ早かれ必ず死ぬと心から思えるようになったという。積極的に治療に取り組み、母の死を受け入れることができるようになり、半年で退院できた。今は、母親のいない生活を普通に受け止めている。男性はこう振り返る。

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