林直也コーチが舌を巻く徹底したポジティブ思考を貫く。「高校時代につけた日誌がきっかけ。相手が強いほどチャレンジしたい」 (c)朝日新聞社
林直也コーチが舌を巻く徹底したポジティブ思考を貫く。「高校時代につけた日誌がきっかけ。相手が強いほどチャレンジしたい」 (c)朝日新聞社
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 陸上男子100メートルで日本人初の9秒台がいつ、誰によって達成されるのか。注目が集まる中、20歳の新星が現れた。

 桐生祥秀ではなく、山縣亮太でもない。今か今かと待望される<10秒00の壁>越えで、リオ五輪リレー銀メンバーさえも追い落とされかねない刺客が、大阪に潜んでいた。

 大阪府東大阪市出身の多田修平(関西学院大3年)。優しげな目元の甘いマスクを持ち、「最近は一眼レフで夜景や大阪城なんかを撮影するのが楽しい」と屈託なく笑う。刺客のにおいとは無縁の印象だ。

●世界歴代5位が称賛

 だが、走りは違う。動作分析の専門家が「加速局面で前傾を強めなければ力を抑え込めないはず」と指摘するほど、細身ながら強靱な“バネ”がうなりを上げて急加速する。本人の実感は「上に跳ねる力が結構あると思っています。ただ、走っているときは蹴るというより下に押しつける感じの意識なので、バネがあるのか自分ではよくわからない」。

 そんな自覚なき高性能の駆動装置が牙をむいたのが、5月と6月の2レースだった。

 5月21日のセイコーゴールデングランプリ川崎の会場は沸いていた。弾丸スタートが売りのリオ五輪銀メダル、ジャスティン・ガトリン(米国)がドンと出た後、リオ五輪リレー銀メンバーでアンカーのケンブリッジ飛鳥がガトリンに食らいつくか──。観衆が息をのんだ瞬間、ギュンと飛び出したのは無名の多田だった。世界歴代5位のガトリンさえ出し抜く鋭い躍動。中盤過ぎまでリードした。

 向かい風だったためタイムは10秒35と伸びなかったが、ガトリンとケンブリッジに続く3位。会見でガトリンは「ダークホースは多田だった」と称賛した。

 今月10日の日本学生個人選手権では、準決勝で桐生、ケンブリッジに続き日本人3人目、国内の大会では初の電気計時での9秒台となる9秒94(追い風参考)を出して、「びっくりした。間違いちゃうか」と目を丸くした。

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