●「世界一の肉屋」の宝石

 15年秋、DABの本場、欧州から満を持して「黒船」がやってきた。東京・恵比寿の「ユーゴ デノワイエ」。ドアを開けると、目に飛び込んでくるのはガラスのショーケースの中で宝石のごとく輝く、肉、肉、肉! この店では、パリで自らの名を冠した精肉店を営むフランスの肉職人ユーゴ・デノワイエさんが手がけるDABを販売。レストランでは、熟成肉の料理の数々を味わえる。

 ユーゴさんは、アラン・デュカス、ジョエル・ロブションといった名だたるシェフを顧客に持つ、まさに三つ星レストランを支える肉のスペシャリストだ。米紙ニューヨーク・タイムズでは「世界一の肉屋」と称された。

「フランスでは昔から肉を保存する方法として熟成の手法を用いてきた。その技術を持つブーシェ(肉職人)は、もともとは王様からその権利を与えられたステータスのある職業だったんだ」(ユーゴさん)

 しかし第2次世界大戦後、フランスにも技術革新と流通革命の波が押し寄せ、大量生産の安価な肉が出回るように。街にはスーパーマーケットが急増し、カットされた肉がパック詰めされて売り場に並んだ。手間と時間がかかり安くない熟成肉は、一般庶民の食卓から遠のいた。

 世界的な食のヘルシー志向もあり、フランスの食肉全体の消費量は下がっているという。しかし一方で、味はもちろん、伝統を重んじ環境にも配慮する熟成肉は「肉としてのフィロソフィーがある」と改めてスポットが当たるように。

 その潮流を牽引している一人がユーゴさんだ。

「肉職人の仕事は牧場から料理まで」という信念のもと、ユーゴさんは牧場へと足を運ぶ。生産者が育てた牧草と穀物だけを食べ、抗生物質などを与えられていないか、ゆったりとしたスペースで放し飼いされているか、きれいな水を飲んでいるか。ユーゴさんは牛と、その生育環境にまで目を光らせる。

「牛たちが幸せかどうか。それはとても大事なことなんだ」

 それだけではない。生産者の生活を守ることにも心を砕く。みんながハッピーになる肉──。それがユーゴさんが目指す
「おいしい肉」なのだ。

●酔いしれる旨みと甘み

 牛、生産者、環境を慮った肉は、熟練の技でカットされ、適切な熟成を経て店頭に並ぶ。「長く熟成すればいいというもんじゃない。これまでの経験から、僕の中では3~4週間がベスト」とユーゴさん。

 自慢の熟成肉をグリルした一皿。レアに仕上げた肉は思いのほかさっぱりとした軽やかな口当たりだ。かみしめると肉のいい香りが鼻に抜け、口の中には深い旨みがじんわりとしみてくる。脂は甘く「肉、食べてる!」という恍惚感に包まれながらも、重さは一切感じない。

「天然マグロの赤身のようなおいしさがあるだろう?」

 とユーゴさん。なるほど、日本人の口に合うのも納得だ。

 肉を愛し、肉に情熱をかける職人と料理人の仕事が光る「幸せな牛の幸せな熟成肉」。敬意の念を持って、でも、本能の赴くままガッツリ味わいたい。(ライター・中津海麻子)

AERA 2017年2月13日号