●再生医療も実用化へ

 細胞治療は、細胞を体外で人工的に培養・増殖させた上で、身体に投与する治療法。薬剤投与による患部アタック中心の従来の治療法とは違い、身体が本来持つ修復機能や治癒力を利用するのが最大の特徴だ。病気を治すだけでなく、発症を遅らせることや予防も期待できる。

 セルトラスト社は、富士フイルムとペット保険大手のアニコム ホールディングス(以下、アニコムHD、前出アニコム損保の親会社)の合弁会社。富士フイルムが独自開発した先端技術を獣医療に投入し、アニコムHDはペット保険を通じて蓄積した医療データや獣医師資格をもつ人材を提供する。保険適用も視野に入れたペットの医療プラン確立を目指している。

 富士フイルムがフィルム生産などの分野で長年蓄積してきた品質保証技術をフル活用したという拠点には、細胞培養施設や臨床研究ラボ、治療を実践する医療設備が併設されている。

 セルトラスト社の牧野社長は、富士フイルムで主にバイオ系の研究開発畑を歩んできた。同社でペット向けの再生医療・細胞治療体制を確立する必要性を強く訴えたのが、セルトラスト社設立につながった。

「動物にこだわったのには、いろいろな理由がありますが、私自身、犬やが好きというのが大きいですね」と牧野社長。

「目の前に画期的な医療技術があるのに、それを動物に十分に活用できない歯がゆさを感じていました」

 細胞治療は、投与された細胞が分泌する「生理活性物質」が、周りの環境や細胞に直接影響を与え、炎症の抑制、免疫の調整などの働きをし、身体を元の正常な状態に戻そうとする特性を利用したものだ。

 セルトラスト社では17年度中に犬の培養細胞を使って関節炎や骨折、糖尿病といった傷病への効果を検証。確立した治療法は猫へも応用していくという。

 猫の死因の上位である泌尿器疾患の中では、慢性腎臓病が大きな割合を占める。

「原因はさまざまですが、初期は腎組織に炎症が起こっているとも言われており、細胞治療には炎症抑制効果が期待できます」(同社)

 再生医療・細胞治療の実用化や普及に向けては、行政面での課題も少なくないが、積極的に取り組む自治体も出てきた。

 セルトラスト社が実用化拠点を置く神奈川県は先進自治体のひとつだ。犬・猫の殺処分ゼロ政策も進める同県は、再生医療・細胞治療の早期実用化を掲げ、同社と連携し、培養細胞の輸送など未整備のルールづくりを後押ししていくという。

 官民一体で走る最先端医療の世界では、ペットと人間は分け隔てなく、という価値観がすでに常識のようだ。(編集部・渡辺豪)

AERA 2016年12月12日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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