●緊急事態条項の難しさ
冒頭に挙げたEU拠出金をめぐって英国の離脱派は、毎週3億5千万ポンド(約460億円)をEUに拠出していると訴えていた。しかしこの額は、EUから英国に支払われている補助金などが差し引かれておらず、実際の負担額は1億6千万ポンドとの指摘も出ている。
首都大学東京の木村草太教授(憲法学)も訴える。
「日本の憲法改正の国民投票に際しても英国と同様、相当な嘘やデマが出回るでしょうから、よく吟味することが重要です」
自民党内には、緊急事態条項の新設を改憲の突破口にしようとする意図がある。大規模災害や他国から攻撃を受けた場合に権力を内閣に集中させる条項だ。木村教授はこう予測する。
「緊急事態条項については、議論の蓄積があまりないので嘘やデマを暴くのが難しくなる」
例えば、憲法9条を改正する論拠として「9条の下では尖閣諸島を守れない」というデマが流されても、尖閣諸島は領土内だから現憲法でも自衛隊が出動すればよい、という反論は一般常識の範囲で可能だ。しかし、東日本大震災の際、緊急事態条項がなかったために死者が5千人増えた、との情報については、虚偽だと即座に見抜けない。
●じっくり話し合意形成
安倍晋三首相は参院選公示前の党首討論で「次の国会から憲法審査会を動かしていきたい」と述べ、具体的な条文改正の議論を始める考えを示した。しかし、参院選では経済政策を最大の争点に掲げ、憲法改正については極力言及を避け続けた。
前出の保坂氏はこれを「ステルス作戦」だと批判する。
「自民党が2012年に発表した憲法改正草案に沿い、9条を含む憲法改正を掲げ、自衛隊を国防軍にすると訴えて選挙運動を展開していたら、激しく議席を減らしていたはずです」
参院選の結果を踏まえ、自民党などは憲法審査会での改正原案取りまとめに向け、近く議論をスタートさせる可能性が高い。
その行方を注視するのは、劇作家の平田オリザ氏だ。「オール・オア・ナッシングの議論にしないため」、こう提言する。
「与野党が合意し、期間を区切って改憲を凍結すべきです」
例えば10年間は憲法を変えないが、10年後には「改正しない」という選択肢も含め結論を出す、という手法だ。憲法改正は50年後、100年後の国のかたちに連なる。党利党略や政争の具にされないよう、憲法審査会などで多分野の人がじっくり話し合い、合意形成を図る環境整備が必要だと、平田氏は唱える。
前のめりに憲法改正に舵を切ろうとする安倍首相は、将来の国の姿がどれだけ具体的に描けているのだろうか。国民投票に付されたとき、その結果責任は国民全体が負うことを私たちは肝に銘じておかねばならない。(編集部・渡辺豪)
※AERA 2016年7月18日号
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