●カリスマが現れたら
ナチス台頭の反省からドイツは歴史教育に力を入れ、難民や移民も受け入れてきた。そのため、知識層を中心に「映画のようなことは起きない」との批判が上がった、とマスッチは言う。
「10年前ならこんな撮影は成り立たなかっただろう。でもいまは一線を越える人も出ている。現実を直視しないといけない」
撮影の翌年にはパリ同時多発テロなどが起き、難民への感情はドイツでも悪化。もしいま撮影したら、もっと激しい言葉が飛び出すのだろうか。
ヒトラーになりきるため、マスッチは約500ものスピーチ映像や録音を聴いたという。なかでも参考になったのが、列車内で自然に話す貴重な肉声だ。
「とても深みのあるソフトな声で、プロパガンダ映画の話しぶりとはまったく違った。だから僕も人々には、優しく、まるで父親のように、彼らの抱える問題に関心を寄せているという態度で接した。すると彼らは心を開き、本音を話し始めたんだ」
撮影で出会った極右政党「ドイツ国家民主党(NPD)」党員が言った。
「我々は今はわずかな勢力だが、あなたがいれば拡大できる」
マスッチは言う。
「ヒトラーはもうこの世にいないが、彼のようにカリスマ性のある人物が現れたらどうなるか。ドイツだけではない。排外主義はどこでも噴き出している」
(GLOBE編集部・藤えりか)
※AERA 2016年6月27日号