起業前はコンサルタントとしてキャリアを積み、プログラミングの経験はなかった。立ち上げたPLAY LIFEは当初、社員を雇わず、佐藤さんのコンセプトに共感したボランティアの力を借りて準備した。集まった4人は、いずれもプログラミングがわかるエンジニアやデザイナー。サイトをスタートさせるにあたり、仲間と対等な議論ができなければと、佐藤さんは彼らに教えを請い、サイトづくりに役立つRubyという言語を学んだ。
「マーケティングの仕事って、モノやサービスを誰にどう売るかを考える。それに対して、ものづくりやサービス開発は、何がいくらで売れるかと考える。新しく生み出したモノやサービスこそ、企業が世の中に提供できる価値そのもの。プログラミングを学び、エンジニアたちとの議論を通して、そこが理解できたことは大きかったと思う」
お笑い芸人としてブレークした厚切りジェイソンさん(30)は、IT企業役員の顔も持つ。高校から飛び級で米ミシガン州立大学に進み、コンピューターサイエンスの名門、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で修士号を取得した。プログラミングの素養もある。それまで世界になかった新しいサービスを発信できるプログラミングという表現方法は、人生を豊かにする可能性があると言う。
「消費しているばかりだと、生きる感覚を忘れてしまうんじゃないですか。何も生み出さなければ、いてもいなくても同じ。自分が生きたしるしに、何かモノを生み出して、世界を少しだけでも変える。じゃないと、生きる手応えを感じられないんじゃないですか」
●誰もがスキルを身につけ「人類補完計画」を
プログラミング言語は進化を続けている。その歴史は、0と1のデジタル信号しか理解しないコンピューターと対話するための試行錯誤の歩みだった。一つの理想が、人間が話す自然言語に近い形式でコンピューターを操作することだ。
IT企業のUEIがウェブ上で公開している「MOONBlock」は、キーボード入力をほとんど使わず、ブロックの組み合わせで直感的にプログラムをつくれるビジュアルプログラミング言語だ。同社社長の清水亮さん(39)は、プログラミング言語を学ぶためのハードルは下がっていると指摘する。将来は誰もがプログラミングのスキルを身につけるべきだと言い、カルト的人気のアニメにならって、プログラミングによる「人類補完計画」を打ち出している。
「人工知能が想像もできないスピードで進化している。その第一人者である東大の松尾豊先生は『これは農耕革命に値する進歩だ』と言っていた。人類が狩猟・採集生活から、定住型の生活に変わったときぐらいのインパクトがあると言うんです。そんな人工知能を使いこなすためのただ一つの方法が、プログラミングなんです」
グーグルやマイクロソフトといった巨大IT企業が人工知能の研究開発に力を注ぐ一方、このままでは技術を持つ者と持たざる者の格差が広がる懸念があると、清水さんは話す。
「日本には人工知能の研究者や技術者が足りない。このままだと三流国になる。裾野を広げるためにも、教養としてプログラミングを学ぶべきです。プログラミングを“民主化”しておかないと、搾取する側とされる側に分断された近代以前に戻ってしまうかもしれない」
(編集部・宮下直之)
※AERA 2016年6月13日号