冷えきった国同士の関係がサッカーの場に持ち込まれる。ロンドン五輪で領土を主張した韓国人選手。この7月には韓国スタジアムで日本人サポーターが旭日旗を掲げた。その意図は何だったのか。
時に緩和されるも緊張感が常に支配する、そんな2国の歴史の中でも、前代未聞の出来事が起きたのは今年7月28日。東アジアカップの日韓戦が行われたソウル蚕室(チャムシル)スタジアムにおいてだった。特大の旭日旗が一人の日本代表のサポーターによって掲げられたのだ。これほど巨大なものが揚がったのは初めてのことで、両国の世論や政治家を巻き込む騒ぎになった。
旭日旗を掲げたのは彼のハンドル名は応援旗がしなる様から「しなり」、35歳。もともとは横浜F・マリノスのサポーターだが、2010年のアウェー大宮戦でピッチに飛び降り、警備員暴行で逮捕され、現在はクラブから無期限出入り禁止処分を受けている。
小学2年から神奈川県民、高校は桐蔭学園で入学時は偏差値が63あった。麻布大学環境保健学部に進むも中退。その後は植木職人、NHKの大道具の仕事などをしてきた。旭日旗を掲げた理由を問うと、「あれはリベンジなんです」と話した。
「2010年の日韓戦で韓国サポーターが安重根の段幕を出したじゃないですか。先に仕掛けたのは彼らなんです。僕は最初、安重根が誰かわからなくて。いえ、安重根と伊藤博文の歴史がどうこうじゃなくて、これはサポーターとしての挑発じゃないですか。その意思は伝わってきた。それならこっちもやっちゃうよ、ということで考えついたのが、旭日旗だったんです」
あくまでもサポーター同士の因縁のアングルの中での挑発合戦という考えで、彼自身の思想をたどっても政治的な意思はほとんど見られない。何より、彼は「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の「嫌韓・反韓デモ」をやめさせるカウンター側として新大久保で活動した経歴もある。彼の中では「韓国人を殺せ」と叫ぶ在特会へのカウンター活動も、ソウルで旭日旗を振ることも決して矛盾していないという。
在特会のカウンター活動に誘ったマリノスサポーターの清(せい)義明はこう危惧する。
「煽り、煽られはサッカーの物語の流れの中では許される。でもしなりは、一番面倒臭い所に踏み込んだ。だから、あれは止めないといけない。スタジアムをすさんだものにしちゃいけない。日韓戦後に僕はしなりをメチャクチャ怒りましたけど、でもあいつも仲間なんです。救ってやりながら、サッカーを守らないと」
※AERA 2013年10月7日号