法事や葬式など、特別な用事がないとなかなか縁がない「お寺」。しかし最近では、癒しの場として親しまれるお寺が登場している。
地下鉄日比谷線・神谷町駅から徒歩1分。小高く茂る緑の向こうにオランダ大使館や東京タワーを望む東京・神谷町の梅上山光明寺は、スーツ姿の会社員や若者の姿でにぎわい、寺院らしからぬ風景を見せている。
理由は、広く一般に開放している、本堂前のテラス「神谷町オープンテラス」だ。飲食類の持ち込みは自由とあって、昼の12時をまわると、近隣の会社員がコンビニで買ったお弁当を手に次々と集まり、静かなランチタイムを楽しんでいる。
この神谷町オープンテラスでは、水曜と金曜の11~14時に「おもてなし」を開催。メールで予約した人に、僧侶がコーヒーやほうじ茶と手作りの茶菓を無料でふるまい、予約客の話や悩みに丁寧に耳を傾ける。また、木曜には茶菓子や飲み物なしで話を聞いてくれる「傾聴」(要予約)も行っている。
2005年の設立時から店長を務める僧侶の木原祐健(ゆうけん)さん(35)は、店長としていろいろな人の悩みを聞くうち、自分にできることは何かと考えるようになり、仏教を学んで得度したという経歴の持ち主。
「お寺は心のオアシスだと考え、お寺を広く一般の方に開放しようと考えました。ご予約いただくのは、20代後半から40代の女性が多いように思います。誰に相談していいのかわからないからと、身近な方との死別や、職場、ご近所との人間関係についての悩みをよくうかがいます。相談というよりもお話を聞くことに徹していますが、スタート9年目を迎え、以前神谷町の企業に勤めていた女性が、今は子ども連れで顔を出してくださるなど、お寺カフェを通じて長いご縁が生まれているのは、とてもうれしいですね」
おもてなしに初めて参加した専業主婦の女性(39)はこう語る。
「カフェめぐりが好きなので、予約した。お坊さんなら信頼できるし、たとえ答えは出なくても、話を聞いてもらうだけで安心できる。人間関係をもっと円滑にする術(すべ)や、生きていくヒントについて聞いてみたい」
無料誌「フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」でおもてなしの情報を知って予約したのは、住宅メーカー勤務の男性(24)だ。
「都会のお寺は、喧騒の中にある寛(くつろ)ぎの空間。初めて来たが、澄んだ空気と静寂、荘厳な雰囲気を感じられる。深い悩みはないけれど、今日は自分の今後や仕事について相談しようかな」
※AERA 2013年10月7日号