国内最難関の大学・東京大学が新しい取り組みを始め、注目されている。

 釜石駅(岩手県)から車で5、6分の釜石市役所で、今年東京大学文科二類に入学したばかりの田久保彰太さん(19)は、毎日インターンシップ生として働いている。主な担当は、地域振興事業「釜援隊(かまえんたい)」の仕事だ。

 釜石市は東日本大震災で大きな津波に襲われ、死者・行方不明者あわせて1千人以上の被害が出た。復興に向けて動いている様々な事業のひとつが「釜援隊」で、自治体、企業、NPOなど関係者の調整を主にしている。震災後休止されていた祭り「釜石よいさ」の運営に携わったり、仮設住宅の入居者の声を拾い上げて行政に生かしたり、業務内容は多岐にわたる。

 東大では今年の新入生のうち希望者を対象に1年間の特別休学期間を与え、大学以外の場で社会体験活動を行う「FLYProgram」を導入した。参加者には必要に応じて最大50万円の支援金が支給される。それを知った田久保さんは、すぐに釜石市の嶋田賢和副市長にメールを送った。実は、嶋田副市長は東京の麻布高校の先輩。OBとして講演に来たときに高校3年だった田久保さんは感銘をうけ、連絡先を交換していたのだ。副市長からはすぐに連絡があり、とんとん拍子に市役所でのインターンが決まった。学内の手続きなどを経て、6月から釜石での生活が始まった。

 そもそも、東大はどうしてこのような制度を導入したのか。プログラムの担当をしている東大の藤井輝夫教授は言う。

「大学に入ったあとの学習には、入る前の学習とは違う問題意識が必要。海外に出たり多くの人に触れたりすることで、やりたいことが何かを考えるきっかけになればよいと考えています。学校での勉強以外の経験を通して、受験時の発想から脱却し、世界に通用する人材になってほしいのです」

 プログラムでは東京の大学では得がたい経験ができることが伝わってくる。しかし、彼らの同級生はいま駒場キャンパスで授業を受け、合コンに行ったりサークル活動をしたりもしている。1年のブランクに焦りはないのだろうか。

 田久保さんはこう話す。

「釜石駅周辺には大学も専門学校もないので、同年代の友人ができず、寂しいことはありますよ。でも携帯の電波がないところに寝泊まりし、ふと見上げた星がきれいだったり、近所に住むおばあちゃんが声をかけてくれたり、という経験はなかなかできないと思うんです」

 夏休みを使って市役所に東京から別の東大生が短期インターンに来たときは、仕事の割り振りをしたり、夜一緒に宿泊したり、最終報告のスライド作成を手伝ったりと「先輩」として仕事を教え、サポートする立場にもなった。

「もし春から普通の学生になっていたら、もっと漫然と過ごしていた気がします。ここで多様なバックグラウンドの人と出会って刺激をうけ、自分の将来を考える機会も増えました。学びたいことをしっかり吟味できる1年になりそうです」

AERA 2013年9月9日号