

作家・林真理子さんが毎週ゲストの素顔に迫る「マリコのゲストコレクション」。1千回を迎えた記念スペシャルに今回駆けつけてくださったのは、今年95歳を迎える脚本家・橋田壽賀子さん。ドラマの脚本を始めた経緯から「おしん」の裏話まで色々明かしてくれました。
前編・【橋田壽賀子「そんなことを載せたら炎上しちゃう」 理想の死について語る】より続く
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林:もともと先生は最初、映画のほうにいらっしゃったんですよね。
橋田:松竹の京都の撮影所に3年いました。「なんで女が映画界に入ってきたんや」みたいな感じでしたよ。「板前かて男や。シナリオライターかて男や。なんで女が書くんや」って言われました。今だったらパワハラで訴えたいぐらい。
林:大学出の女というだけで嫌われたんじゃないですか。
橋田:生意気だったんですよ、私も。女はお酒を注げ、みたいなことがあるじゃないですか。「私はシナリオライターだもん。注ぐことない」と思ってたわけ。そういうのは嫌われるんです。ちゃんと注いであげればよかったと思います。いま思えば。
林:それで松竹をやめて、テレビという新しい世界に移ったんですね。
橋田:脚本部から秘書室に配置転換になったんですけど、「お茶くみに行け」と言われたのと同じですから、やめちゃったんです。困ってたら、美智子さまのご成婚があって、それをテレビで見てびっくりして、「こんなすごい画(え)が茶の間に入ってくるなんて、これからはテレビの時代だ!」と思ったんですね。それまではテレビをバカにしていて、ぜんぜん興味がなかったんですけどね。それであちこち一生懸命売り込みに行ったんです。でも、3年売れませんでした。
林:そうなんですか。
橋田:3年目にやっと「夫婦百景」とか「おかあさん」という単発のドラマを書いたんですが、セリフをぜんぜん直されないんです。映画は俳優さんとか演出家が勝手にセリフを変えるんですが、テレビは変えられないので、これはいいと思って、それで本腰を入れたんです。「七人の刑事」なんかも売り込みに行って、演出家が東芝日曜劇場を撮ることになったとき、「君が書いてくれ」と言われて、初めて石井ふく子さんを紹介されたんです。