私にとって聖なるものとは虚空です。一切の事物を包容してその存在を妨げない偉大な空間のことです。その虚空の存在を感じるようになったのは、以前にも書きましたが(6月28日号)、30年前に中国・内モンゴル自治区のホロンバイル大草原の真っただ中に立ったときからです。空の青、雲の白、草の緑にひとりで包まれて、虚空を感じ、私が死んだら帰っていく世界がここにあると直観したのです。

 それ以前にも、病院で亡くなった患者さんを見送るたびに不思議に感じることがありました。どの患者さんも例外なく死後、本当にいい顔になるのです。それはまさに、現世から解き放たれて、大いなる虚空に旅立つときの安堵の表情だったのだと気づきました。

 臨済宗の中興の祖、白隠禅師も法語『夜船閑話』の中で虚空について語っています。「虚空に先だちて死せず、虚空に後れて生ぜざる」を目指せというのです。つまりは、生きながら虚空と一体になれというのです。まさにそれが悟りの境地ということでしょう。私にそれは無理ですが、畏怖心を持って虚空と交流しようと思っています。

 宗教への信仰心は別として、聖なるものへの畏怖心を持つのはナイス・エイジングの方法として悪くないと思うのです。

週刊朝日  2019年11月29日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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