新宿は小雨だった。僕らは春樹さんと新宿「ピットイン」に出かけて行った。
往年のツェッペリン・ファンの熟年女子は、彼が登場するなり(愛称の)“ジョンジー!”と叫ぶ。ところが演奏は、当時のツェッペリンとは対極の実験音楽……。
「そぐわなさの空気が煙のように漂って、なかなか愉快だった。歓声や振り上げた手が収まらないっていうか(笑)」と春樹さん。「彼らは頂点を極めたロックバンドだから、もう同じことはしたくないという気持ちはわかる。もう違うことがやりたいんじゃないかな」
当時、レコード店でアルバイトしていた春樹さんが売りまくったのがツェッペリンの『移民の歌』。「それはもう徹底的に売ったよ。その頃の新宿ってフーテンとかヒッピーの溜まり場だった……」。そんな学生時代の思い出話を聞きながら新宿を歩いた。小雨はまだ降っていたが、傘を持ち合わせない僕らに気を遣って春樹さんも傘を差さない。春樹さんはそういう人だ。
四谷まで足を延ばし、イタリアン・レストランでワインを飲んだ。夜が更ける前に春樹さんが「じゃ、そろそろ」と席を立った。見送った後、僕はスプマンテを飲んで、いい夜だったなあ……と余韻に浸りながらふと見ると、カウンターにスマホが残されている。僕は春樹さんが目の前に自分の青春を置いていってくれた気がした。
もちろん、あたふたと追いかけてお届けしたことは言うまでもない。酔いも回り、夏の終わりの雨はとうに上がっていた。
※週刊朝日 2019年10月18日号