先ほどあいちトリエンナーレのHPを見ていて、強烈な女性蔑視AVで名を売った監督による作品(AVではない)が出展されていると知った。公式HPでは彼のことを「『動物として欲し・人間として愛す』矛盾を記録」「欧米とは明らかに違うアジアの性愛について考える上でも重要な作家」と絶賛。AV業界に被害者がいて、性搾取の温床になっていることが指摘されている19年に、“欧米とは違う俺たち(しかもアジアひとくくり)の性愛”とか堂々と記す感覚にただ驚く。“人間の性分は善悪で単純に割り切れない”などということも記されていたが、性暴力も性差別も表現の冒険、という程度の「表現の自由」感覚が、今回のあいちトリエンナーレにはある。

 文化庁の決定は絶対に問題だ。それでも、あいちトリエンナーレに対してどこかひんやりとした気分が抜けないのは、「少女像」も“反権力”としてのエロと同じくらいの軽さでしか捉えていないように見えるから。だから主催者は「少女像」を簡単に見捨てられたのだろう。参加アーティストがただただ、本当に気の毒だ。

週刊朝日  2019年10月11日号

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