ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は小説の登場人物について。
* * *
某月刊誌で小説の連載をはじめた。長編の警察小説だから、たぶん二十回以上の連載になるだろう。
いつもそうなのだが、わたしはプロットらしいプロットを作らず、ストーリー展開も結末も考えず、主要登場人物のおおまかなキャラクターと冒頭場面を決めると、「はいはい、行きまっせ」と書きはじめる。そうして連載の一、二回目が終わったころ、泥縄で人物表を作る。名前が重複してはいけないから。
人物表は方眼紙に十個の枠を書き、あ・か・さ・た・な~と区分けする。
あ行の枠には“上坂勤(勤ちゃん)=京橋署刑事第二課・暴力犯係刑事・巡査部長。小肥り。眼鏡なし。煙草やめた。この春、泉尾署から異動してきた”“礒野治郎(ジロさん)=京橋署暴犯係。上坂の相棒。眼鏡あり。煙草よく吸う”
さ行の枠には“篠原紀昭=58歳・食品卸『シノハラ』の社長”というふうに書き込んでいく。
長編小説だと主要登場人物は約二十人。これらはすべてフルネームをつけて簡単なキャラクターも書いておく。わりに重要なのは眼鏡と煙草で、これを忘れると裸眼で運転させたり、張り込みのときに煙草を吸わせたりしてしまう。
主要人物のほかに簡単なキャラクターと名前のある人物は五十人ほど登場するが、これが意外にややこしい。佐藤、鈴木、高橋、田中といった数の多い苗字は、読者の印象に残らないから使えないし、難読かつ珍しすぎる苗字も使えない。日本人の苗字ランキングだと百位から三百位くらいの、珍しくもなく、ありふれてもいない苗字がいいのだが、たとえば大西を使うと、中西、小西、西田、西野は使いづらい。松尾、藤原を使うと、松本、松田、藤井、藤本は使えない。久保田と窪田、阿部と安倍、小島と児嶋といったあたりも混同してしまう。また地域性を考えて、青森を舞台にしたときは工藤、沖縄や南西諸島に行ったときは比嘉、金城、新垣といった苗字を使いたい。
そんなふうに登場人物の名前を考えるのは愉しくもあるが面倒でもある。わたしは高校教師のころに配られた職員と生徒の名簿を見て決めることが多い──。