芥川賞、中原中也賞、高見順賞、谷崎賞と名だたる賞を獲得した川上さんは「とりかえしのつかないものは『死』であるけれど、生まれてくることのとりかえしのつかなさについても考えてみたい。書き終わった今でもその思いはさらに深まり、私をノックしつづけている」と言う。

 川上さんは僕の勤める局の番組審議委員(バンシン)でもある。リスナーと年齢が近く、常識にとらわれない発想とパンクな行動力で世間を揺り動かしている表現者にこそ番組を審議して貰いたい。そう思って彼女のエージェントに連絡したが、本人が受けるかどうかはわからないと告げられたまま数カ月、諦めかけた時に僕の携帯が鳴った。ご本人だった。

「うわぁー! まるでシン・ゴジラみたい!」。映画『シン・ゴジラ』で、ゴジラの首都来襲に首相や大臣が官邸に集まる場面があるが、神妙な雰囲気が似ていると、審議席に座る社側の面々にスマホを構えた。当時の社長は口をあんぐり。「はい、チーズ!」。末席にいた僕もつい笑ってしまった。天真爛漫な川上さんにお願いして良かった。

 公開録音では自作を大阪弁で朗読し、「登場人物がだんだん自分のことを語り出すようになった。彼らから聞こえてくる言葉をひたすら預かっていく感覚で、物語が頭の中に溢れてきた」と川上さんは語った。

 14歳の女の子が「私も文章を書いてみたいです」と手をあげると、「書き始めるのならSNSじゃなく自分だけのノートにね。誰にも評価されない、誰にも消費させないところで今思うことを書いていって」とアドバイスした。

週刊朝日  2019年7月12日号

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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