作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回は氏が体験したある駐車場での一件について。
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「ラブピースクラブで働きたい」という女性から時々履歴書が送られてくるのだが、志望動機が皆、熱い。「性差別をなくしたい」というフェミ動機は当然で、なかには「この世は地獄だ」「男社会に息もできない」といったことを、強い筆圧で記してくる人がいる。
「この世は地獄」って、履歴書に書く言葉じゃないよ、と社長としては思うが、こういう人は仲間としては頼もしい。今年の新人も「この世は地獄」系だった。
先日、彼女と車で出かける機会があった。展示会の搬入で駐車場に入ろうとしたとき、「整理券もらってきて」と男性警備員に言われた。「それはどこですか?」。助手席に座る社員が聞くと、「地図見て」と目も合わせない。もらった地図は方角がなくわかりにくかったので再び、場所を聞いたが「地図、見て」と薄ら笑うのだった。
そのうち、後ろから車が来た。後続車を入れるために、男が急に怒鳴りだした。「出せ! とにかく前出せ!」。私はとっさに無視した。体が硬直したのだと思う。すると男はさらに大声を出し、その剣幕に別の男がやってきていきなり「警察呼ぶぞ!」と目をむくのだった。ここまで、「地図見て」から1分ほどの出来事だ。しかも後続車は私が動かずとも中に入っていった。スペースはあるのだ。しかし男は怒鳴る。「前出ろ! 警察呼ぶぞ!」。たまりかねて社員がスマホで、男の撮影をはじめた。するとカメラを見た瞬間、男は、スンと電池が切れたように黙ったのだ。
私は車を降りた。「怒鳴りましたよね? 謝ってほしい」と言った。野良犬になった気分だった。「あっち行け!」と大声で怒鳴られる犬。怒鳴れば言うことを聞くと思われている私たち。なぜ、「前に出てください」と普通のトーンで言えないのだろう。私が屈強な男でも、あんなふうに怒鳴り散らすの? 私は強く抗議した。でも男は「怒鳴ってないけど? 警察? 言ってない」と、にたつくのだった。何を言っても無駄。時間の無駄、気持ちの消耗。地団駄踏むように私は叫ぶ。「あ、あなたは心から醜い男だ!」。ダメじゃん、こんなの! 格好悪いし、意味もない。