

もし、あのとき、別の選択をしていたら──。著名人が人生の岐路を振り返る「もう一つの自分史」。今回は、兄弟デュオ「ビリー・バンバン」の菅原孝さん。2014年に脳出血で倒れ、車椅子生活を送っています。病を乗り越えてデビュー50年を迎えられたことや、大切な人への思いを打ち明けました。
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まさか、またステージで歌えるようになるなんて、思いもよらないことでした。
5年前に脳出血で倒れ、今も左半身は思ったように動きません。ただ、こうして話したり不自由なく歌ったりできるようになった。幸運だったと思います。
弟の進もぼくが倒れる2カ月前に大腸がんが見つかり、大きな手術をしたばっかりだったんです。いくら兄弟だからって、そんなところまで調子が合わなくてもいいようなもんですが(笑)。
このあいだも、デビュー50周年のコンサートを無事に開くことができました。歌を聞いて涙を流してくれる人や拍手をしてくださる人がいるというのは、ありがたいですね。
車椅子で大勢のお客さんの前に出るのは、正直ちょっと抵抗はあります。
でも、見に来てくださる同年代のファンの方だって、大きな病気を経験したかもしれません。パートナーに先立たれた人だっているかもしれない。みんな、いろいろつらいことを抱えながら生きている。今の自分だから伝えられることがあるかな、と思ってます。
弟とは長くいっしょにやってきましたが、今がいちばん仲がいいですね。仕事のことで言い合うときもあるけど、お互いに「こいつがいないと、ビリー・バンバンの歌声は出せない」と思っているからかもしれません。
70歳を超えた兄弟がしぶとく歌い続けている姿を見て、天国のおふくろは、きっと喜んでくれてるんじゃないでしょうか。
――もともと音楽好きだったふたりがプロへの第一歩を踏み出したのは、孝さんが大学2年、進さんが高校2年のとき。父親の友人のつてで、作詞家・作曲家の浜口庫之助に弟子入りする。