ロ:イエール大には「倫理学・政治学・経済学」を重視する教育方針がある。複雑な問題について、政治学や経済学だけではなく、倫理学の観点も含め、何が世界にとって良いのか、自分の思想の中で何が一番大事なのか、考える力を養っています。

田中:早大ではまだ十分ではないが、そうした教育をやっていきたい。例えば、商学部の教員がビジネスの繁栄の秘訣(ひけつ)は「顧客との信頼関係をいかに築くか」と言っていた。ビジネスに限らず、信頼や共感が社会を形成する上で重要。全ての早大生が学問の神髄を理解して、卒業してほしい。

ロ:そのためにはディベート等も重要です。自分がどう考えているか、相手と意見が違う場合はどう説得するか、共通点はどこか。ディスカッションは大切。周りの知識を活用して、よりよい考えを一緒に作り出す。こうした教育に取り組むべきです。

田中:私は、正解のない問いの解決策を考え抜く力を「たくましい知性」、異なる価値観や考え方を理解する力を「しなやかな感性」と呼んでいる。少人数教育や課題解決型授業などを増やし、こうした力を伸ばしたい。教員自身の講義が正しく、そのとおり答案を書いたら満点、違うことを書いたら減点という先生がいる。これでは考える力は養われない。

ロ:それは大学の教員として失格ですね。

田中:教員には研究だけではなく、教育にも力を入れてもらいたい。アメリカの大学院にいたとき、指導教授が3カ月の夏休みに、家族と旅行した1週間を除いて毎日論文を読んだと言っていた。その数300本。その教授が学生に出す1学期の課題文献は150本でしたが、その夏休みは読んだ300本の中から75本を新しく入れ替えた。研究を犠牲にしてその夏は教育に捧げたのです。

ロ:それは感心しますね。

田中:そういう努力を多くの教員がしていた。これぐらいすると教育の効果が上がり、「いい教育を行っている」「育てている学生は優秀だ」と言われるようになる。

ロ:イエール大でも教育の質を向上させる仕組みがある。学生からの評価がその一つ。教員に対する学生の評価をまとめ、公表している。教育に熱心に取り組んでいるかで給料が変わる制度もある。どんなに優れた研究者でも教育をしない人はテニュア(終身在職権)がもらえません。

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