SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「独立開業」。
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JR南武線武蔵中原駅の北口に、コナモンというお好み焼き屋がある。
このお好み焼き屋、一風変わっていて、店内の壁にわざわざ店長の経歴が張り出してある。聞けば店長のウエスギさん、元はシステム・エンジニアだという。
「私、大学の工学部で統計学を勉強したんです」
「統計学って、鶴岡八幡宮の初詣の人出は250万人とか当てる、アレでしょう」
「まっ、まぁ、そうですね」
ウエスギさん、大学を卒業して大手メーカー系列のシステム会社に入社したものの、時は就職氷河期、就職できなかったり、就職したのにすぐにリストラされてしまう友人が大勢いた。
この惨状を目にしたウエスギさん、若くして諸行無常を悟ってしまったらしい。
「会社に依存していても、明日の保証はない……」
こう喝破すると、いずれ飲食店を開業したいという野望を胸に、自ら会社を辞めてしまったのである。
だが、当節流行のスタートアップやら社会起業家やらのように、いきなり経営者になろうなんて傲慢なことは考えなかった。
まずはサービスというものを根本から学ぼうと、東北地方のある老舗温泉旅館に頼み込んで、客の送迎から食堂での配膳まで、ありとあらゆるサービス業務をみっちりと学んだ。
修業すること3年。関西出身だったこともあって、ウエスギさんはお好み焼き屋として独立開業する道を模索し始める。
独立開業──。
この甘美な言葉に惑わされて、30数年前、大センセイも後先考えずに出版社を辞めてしまったものだが、その後の人生は七転八倒、雨のち豪雨、谷あり谷あり山はちょっとだけという茨の道の連続であった。
しかし、さすがに統計学を修めた人は違う。ウエスギさんは開業のための勉強を重ねるうちに、「きじ」というお好み焼きの名店が東京にあることを知ると、再び飛び込みで修業を申し込むのである。飛び込むのが、好きなんである。