

作家の室井佑月氏は今の日本社会を、猫の世界に喩える。
* * *
ブチ猫のサブローがつぶやく。
「なんで、お腹が空くとゴミでも食べちゃうんだろ。なんで、走ってくる車を避けちゃうんだろ。なんで、生きちゃうんだろう」
あたしもたまにおなじようなことを思う。
「なんで、あたしたちは、暖かいところに連れてってもらえないのかって。人間に抱っこされるのなんか死んでも嫌だけど」
ガリガリの三毛婆さんが、教えてくれた。
「それは生まれたところが悪いのさ」と。
窓越しにこちらを見下ろすモフモフは、お母さんもお父さんも、暖かいところで生まれた猫なんだって。
そんなのおかしい。あたしはゴキブリもネズミも捕れる。
自分でいうのもなんだが、真っ白な美猫だ。
でも婆さんは負けない。
「そんなのたくさんいるよ。もうそんなところに価値はないんだよ」
じゃ、どうすれば良いのか。サブローがいう。
「捨て猫が暖かい部屋へ連れていってもらえた、って話があるけど、我々が真面目にネズミを捕ったりするための、おとぎ話かも」
そうそう噂といえば、このところ変な噂が流れている。この街にネズミが増えてきたから、他所から猫を連れて来るらしいって。
「新しいともだちができるといいな」
あたしがそういうと、サブローは馬鹿じゃないの、という表情でこちらを見た。
「みんなでネズミを狩って、街にネズミがいなくなったらどうなる? 俺らの口にするものは少なくなるし、そうなったら他所者ともどもお払い箱さ。今度はネズミじゃなく、俺らが保健所に追われる身になったりね」
「じゃ、人間はあたしらがいらないと思ってるの?」
「やつらにとって、従順なモフモフだけが猫なのさ。そして、モフモフもおなじ猫なのに、俺らのことは眼中に無い」
「寒いな」とサブローが身体をすり寄せてきた。あたしはそれとなく身体を離した。
子どもなんて産みたくない。だって、あたしたちの子は、決してモフモフにはなれない。