先日、堀向先生からこの研究の話を聞く機会がありました。堀向先生は国立成育医療研究センターに勤務時代、重症のアトピー性皮膚炎のお子さんを多く診療されていました。その中で、ステロイド外用剤に強い抵抗をもつ保護者の方に出会い、診療に悩みました。ちょうどその頃、アトピーの症状が出る前にステロイド外用剤を塗って保湿剤のみに移行する治療法、いわゆるプロアクティブ療法が世界で注目されました。2009年、堀向先生はプロアクティブ療法をもとに、アトピーを予防する新たな治療法を思いつきました。

「新生児の頃から保湿剤を継続使用していけば、皮膚のバリアーの悪化や炎症を防ぎ、アトピー発症を防ぐことができるのではないか」

 しかしこの「アトピー性皮膚炎を予防する」研究は、決して簡単ではなかったそうです。新しいチャレンジに対して否定的なアドバイスを受けることはよくあります。

「保湿剤を最初から塗ればアトピー性皮膚炎が予防できるなんて当たり前で、研究するまでもないよ」

 最初は、なかなか軌道に乗りませんでした。

「無駄な努力をしているのかな」

 堀向先生は悩みつつも続け、最終的に多くの方々の協力を得て研究を継続することができました。そしてついに、新生児期からの保湿がアトピー性皮膚炎の発症率を有意に低下させるという論文を世界で初めて発表しました。最初の構想から5年以上経過した2014年のことでした。

 インターネットの世界では、脱ステロイド・脱保湿という言葉をしばしば目にします。治療も保湿もしていない、ただれた赤ちゃんの肌をインスタグラムで目にするたびに、皮膚科医としてとても苦しい気持ちになります。確かに一部の患者さんでは、ステロイド外用剤で満足な効果を得られず、医師も患者さんもつらい思いをすることがあります。しかしながら、ステロイドや保湿を最初から悪いものと決めつけるのは逆に危険です。顔がかゆくて目をこすりすぎた結果、白内障になった患者さんも多くいます。アトピーを予防するためには、赤ちゃんの頃からしっかり保湿してあげることが重要です。

 人間の免疫システムが“自然”のままに働けば、皮膚の乾燥をきっかけにアレルギーを発症するリスクが高まります。一人でも多くの保護者の方が正しい知識を身につけ、アトピー患者さんが減っていくことを祈っています。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、作家として医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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大塚篤司

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大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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