ちなみにワインだけでなく、パンを作るパン酵母も同じS. cerevisiaeだ。ついでに言えば、真核生物で最初にゲノム(遺伝子)が解読されたのはS. cerevisiaeだといわれている(1996年)。
「真核生物」とは、細胞の中に細胞核を持つ生物のことだ。人間も真核生物だし、真菌も真核生物だ。ちなみに細胞核を持たない微生物の細菌は、真核生物に対して「原核生物」と呼ばれる。
もうひとつ、日本酒づくりなどに活躍する麹菌、Aspergillus oryzae(後述)のゲノム解析がなされたのは2005年のことだ。漫画「もやしもん」の陰の主人公ともいえる「あの」オリゼーだ。
■「君の名は。」の口噛み酒も
アルコールは中枢神経に作用して「酔い」をもたらす。古代人とって酔いは異界へのトリップに感じられ、非常に宗教的な効果をもたらしたことであろう。神道でもキリスト教でも、酒は大事な宗教儀式上のツールになっている。
逆に、仏教の特定の宗派やイスラム教では酒は禁止される。この禁止もまたアルコールの作用が大きいからだ。アルコールと宗教は、肯定するにしても否定するにしても切っても切れない関係にあるといえよう。アルコールという存在を完全に無視した宗教は、ぼくが知る限り存在しない。
ちなみに日本では、古来「口噛み酒」というものがあり、この風習は沖縄やアイヌの集落では最近まで行われていたようである。日本固有の宗教、神道では巫女が口噛みで酒を造る儀式(神事)がある。口のなかの酵素、アミラーゼでデンプンを糖に分解し、その糖を酵母がアルコールにするというものだ。唾液やコメに酵母がついていて、これがアルコール発酵を行う。人気になった映画「君の名は。」で主人公の女性が口噛みをしていたのを、覚えている読者もいるだろう。
現在、ワイン造りに使われているブドウ(多くはVitis vinifera)は、雌雄同体株だ。つまり雄花と雌花を両方つけて、自分で受粉できるのだ。
厳密には現在のV. viniferaは、栽培用に選択されたサティヴァと呼ばれる栽培変種である。サティヴァが発見されたのがジョージア(グルジア)だ。この国のワインはグルジアワインとして有名だが、この国の国名は、ロシア読みをやめてしまった。よって、現在の国名はジョージアである。
■ジョージア人はブドウの枝の切れ端を墓に埋葬していた
高名なワイン評論家のヒュー・ジョンソンは著書『ワイン物語』のなかで、この地が現在知られている最古のワイン産地であったと述べている。紀元前5000~6000年ぐらいのことだそうだ。このときの酵母(S. cerevisiae)はすでに、「家畜化」されていた(11月20日配信)。昔から人間は、自然界にたくさんの手を加え、自分自身の便利さのために活用してきたのだ。
ジョージア人は、ブドウの枝の切れ端を銀の筒に収めて墓に埋葬していた。ブドウに神聖な意味を持たせていたからだという。今でもグルジアワインはとてもおいしい(ジョージアワインという呼称はあまりなじみがない)。
さて、グルジアワインの輸出、最大のマーケットはロシアにある。しかし、近年両国の関係が悪化し、ロシアがジョージアのワイン輸入を禁止したため、ジョージアのワイン産業が危機に陥ったりしている。ただし、この禁輸政策は2016年に廃止され、その後ロシアにおけるグルジアワインは爆発的に売れたという。(Newsweek 2016年3月8日 “RUSSIAN IMPORTS OF GEORGIAN WINE SKYROCKET AFTER BAN IS LIFTED”)
◯岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著に『もやしもんと感染症屋の気になる菌辞典』など