作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は外国人技能実習制度についての国会審議を見ながら、17年前に横領事件の関係者としてメディアをにぎわせた「アニータ」のことを思い出したという。
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青森県住宅供給公社に勤務していた男が14億5千万円を横領し、その多くをチリ人女性に貢いでいた事件が発覚したのは2001年。当時メディアは、女性がチリに建てた豪邸や暮らしぶりを連日報道していたが、彼女がなぜ、どのように日本に来たかはほとんど語られなかった。後に当人が自身の半生を書いた『わたしはアニータ』を読むまで、私も何も知らなかった。
アニータは1992年、売春ブローカーに300万円の借金をして日本にやってきた。生まれて初めて乗った飛行機で名古屋空港にたどりついた日の晩に、8人の男と性交し、50人以上の男を口で射精させることになる。住居は4部屋に37人の女たちが暮らすアパートで、逃げて警察に捕まり、強制送還されることを「選択」に入れつつ、チリの家族に送金し続け、借金を2年で返した。
技能実習生についての国会審議を見ながら、アニータのことを久しぶりに思い出した。売春ブローカーがやってきたことと、日本が国をあげてやってきたこと、どこが違うのだろう。
外国人技能実習制度がはじまったのは93年。アニータの来日翌年だ。重労働で低賃金、「日本人が嫌がる仕事」を担うアジア系労働者を日本社会はのみ込みはじめた。前借金を背負い、そのために権利を主張できず、自分の国を見下す雇用主のもと、低賃金で長時間働き、借金を返せないまま失踪する人は少なくなく、自殺者もいる。日常的に性虐待にあってきた人もいる。訴えたくても言葉の壁もあり、「国に帰って忘れる」ことで終わらせるしかない人がほとんどだった。
4年前の冬、私は3日間留置場に入れられた。あのときまで、留置場に勾留されている女性の8割が外国人であることを(少なくとも私がいた東京湾岸署は)、私は知らなかった。その多くが不法滞在の中国人だった。それでも中国語をしゃべる職員は一人もおらず、一日一度回ってくる書籍に中国語のものは数冊しかなく、そのほぼ全てがすり切れるように読まれていた。