本書の冒頭の120ページほどは四つの怪談で占められている。本書刊行の直後にアンソロジー『怪異十三』を同じ原書房から出したほど内外のホラー小説に通暁し、恐怖の何たるかを熟知した著者らしく、四つの怪談はじわじわと恐怖を醸成して読者を包み込むプロセスが秀逸だ。

 そのあとは言耶たちが村へ向かうプロセスに紙幅が費やされており、事件発生を期待する読者を焦らすようにゆったりと話が進むのだが、そのぶん、唐突に死体が登場して読者を驚かせるタイミングが見事だ。後半は打って変わってスピーディーに事件が進行し、矢継ぎ早に人が死んでゆく。

 終盤、言耶は四つの怪談と連続怪死事件から見出せる70もの謎を列挙する。それらの中には一見「それのどこが謎なのか?」と言いたくなるものも含まれているが、最後にはそれも伏線として回収される。

 刀城言耶シリーズの本格ミステリーとしての名物は、彼がああでもない、こうでもないと推理の試行錯誤を繰り返す多重解決である。登場人物全員が犯人である可能性を検討しつつ否定し、もう誰も犯人候補が残っていないのではと読者が不安になった頃を見計らって提示される結論は、70もの謎を確かに矛盾なく解決し得ている。しかしそこから浮上するのは、言耶が「犯罪史上、希(まれ)に見る狂った動機」と表現したような歪(いびつ)な真相なのである。

 解決後にホラー的な余韻を残すのもこのシリーズのお約束だが、本書の場合、最後に待ち受けているのは余韻などという生易しいものではない。名探偵の推理によって蘇った合理的な世界観を根こそぎ覆すようなその結末の衝撃は、間違いなくシリーズ最大級だ。本格ミステリーとホラー、両方の要素が高水準に達した、著者ならではの傑作である。

週刊朝日  2018年10月26日号

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