では、これはどうだろか。100人の人がワインを飲んでいて、50人の人がある病気になった。100人の人はワインを飲んでないが、10人の人が同じ病気になった。この場合の両者の「差」は40人。100人中40人だから、40%だ。
1%の違いよりも、40%の違いのほうがずっと大事な違いだ。167cmの身長と166cmの身長は「たいした違い」ではないが、185cmと比べると大きな違いだ。ちなみにぼくは身長167cmでしたが、最近加齢のためか縮んで166センチメートルになりました。ううっ。
1%しか違いがないのに、この違いをことさらに強調する専門家は実は少なくない。世の中にはみなさんをだまくらかす専門家は驚くほど多い。ご用心、ご用心。
■肺がんと乳がん……喫煙が起こす病気のリスク
最後に、こうしたことに全部気をつけたとしても、やはり飲食物と健康の研究が間違っている可能性もある。最初に述べたように、人は自分が食べたものや飲んだものを正確には記憶していないし、いつも同じものを同じ量、食べている人も少ないからだ。
だから、ある研究で「特定の食べ物と特定の病気の関係がわかりました」と発表されても大騒ぎする必要はない。あとになって、その情報はやっぱり間違いだったとわかることも多いからだ。
とはいえ、一貫して同じ結果が複数の研究から出されている場合、やはり信頼度は高い。例えば、喫煙といろんな病気の関係はさまざまな研究が示しており、これを疑うのはすでに「トンデモ」の領域に近い。
喫煙が起こす病気にも程度の違いがある。例えば、喫煙は肺がんの原因になることもあり、乳がんの原因になることもある。そして肺がんになる程度の差は大きく、乳がんのそれはより小さい。言い換えるならば、喫煙で肺がんになる可能性はかなり大きいが、乳がんになる可能性はそれに比べればずっと小さいのだ。
最近、「ちびまる子ちゃん」で有名な漫画家のさくらももこさんがお亡くなりになった。乳がんが原因だった。そのため、さくらさんがヘビースモーカーだったことを日本禁煙学会が批判していた。
でも、日本禁煙学会は間違っている。喫煙は乳がんのリスクを高めるが、それは肺がんのそれよりも強いリスクではないし、それはさくらさんという個人の乳がんの原因が喫煙だったという証明にはならないからだ。
入試に落ちる人の多くは勉強不足が原因だ。しかし、入試に落ちた原因のすべてが勉強不足なわけではない。集団と個人は区別するのが大切だ。あなたが「女性である」という理由で落ちただけなのかもしれないしね。 と、さりげなく、昨今の医学部入試に対してのきつめの意見を飛ばしたところで、今回はおしまい。
◯岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著に『もやしもんと感染症屋の気になる菌辞典』など。