岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。専門は感染症など。
岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。専門は感染症など。
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からだに悪いとされる、酒とタバコ。禁煙家でも肺がんになる人がいて、酒を飲んでも肝がんにならない人がいる。飲食物と病気の因果関係問題は、やっかいだ。
からだに悪いとされる、酒とタバコ。禁煙家でも肺がんになる人がいて、酒を飲んでも肝がんにならない人がいる。飲食物と病気の因果関係問題は、やっかいだ。

 感染症は微生物が起こす病気である。そして、ワインや日本酒などのアルコールは、微生物が発酵によって作り出す飲み物である。両者の共通項は、とても多いのだ。感染症を専門とする医師であり、健康に関するプロであると同時に、日本ソムリエ協会認定のシニア・ワイン・エキスパートでもある岩田健太郎先生の連載が始まる。「ワインにまつわる話」、特に「微生物が行う発酵」「ワインと健康の関係」「ワインの歴史」についてお伝えしたい。

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 前回は川島なお美さんが飲んだワインと、胆管がんの関係について、面倒くさい議論をした。

 飲食物と健康についての議論は、常に面倒くさい。本来的に面倒くさいものを端しょって、雑に扱うと間違いの原因になる。ここは辛抱のしどころだ。

■「因果関係」は厄介な存在だ

 私たちはしばしば、なんとかのせいでこうなった、という話をする。因果関係の話だ。しかし、その多くは迷信や思い込みにすぎない。「今日は茶柱が立っているから、いいことがあるぞ」というのは、迷信と思い込みの代表例。そういう迷信が流布し、そしてたまたま偶然に茶柱が立ったときに起きた「よいエピソード」が記憶に残り、「思い込み」を誘発しているにすぎない。

「因果関係」は厄介な存在だと昔の哲学者は気づいていた。デビッド・ヒュームがその代表例で、彼は自分たちが経験することから因果関係を導き出すなんて不可能だと主張した。

 とはいえ、これはこれで極論すぎるのかもしれない。トンカチで頭をぶん殴るから頭が痛くなる。これは立派な因果関係だ。食べすぎておなかが痛くなった。これもまあ、だいたい因果関係としてよいだろう。

 しかし、飲食物とがんとなると、話は別。がんが発生するには長い時間が必要になる。その間に食べたものや、飲んだものを正確に記憶している人はいない。どうしても、データが雑になってしまうのだ。

■動物実験の結果がひっくり返されるのは日常茶飯事

 動物実験で特定の飲食物を与えて、がんが起きるか観察する方法はある。けれども、実験動物と人間が同じであるという保証はない。逆に、動物実験の結果が人間での検証でひっくり返されることは日常茶飯事だ。動物実験の結果だけで「この食べ物で健康になる」とか「この飲み物は体によくない」と主張する本やテレビ番組があったら、それはインチキ・トンデモと認定しても、まずまず間違っていないと思う。

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非人道的な研究はできない