だが山下さんの思いとは裏腹に、弟や妹からは、さらに追い打ちをかけるように、こんな言葉を浴びせられた。
「お兄ちゃんは、お父さん、お母さんの一番近くにいて、一番いい甘い蜜を吸ってきたんじゃない。これまでいろいろ出してもらってきてるでしょう?」
「介護は本当にありがたいと思っているけど、その分、生活費だって出してもらってたんだろう。15年間の生活費を足したら、相当な金額だよ」
介護費用は母の貯金から出したが、母から生活費をもらったことは一度もない。両親が元気だったときにも、まとまった額の金銭援助を受けたことはなく、むしろ外食で両親にごちそうしたり、旅行に連れていくのは、山下さんの役割だった。それもこれも、長男の運命だと割り切り、特に不満に感じたことはなかった。
だが、こうなると話が違う。給与アップが保証されていた転勤を断り、妻はパートを辞めと、逸失利益を考え始めたらきりがない。
それを説明するも、弟も妹も聞く耳を持たない。さすがに山下さんも憤慨したが、きょうだい間で争うには、長年の介護で疲れ果てていた。妻と話し合い、相続はしぶしぶ3等分で合意。以来、弟と妹とは連絡を取っていない。
きょうだい間で、親の介護負担の不平等が生じてしまう例は、決して珍しくない。親は概して、長男、長女を頼りがちだ。身の回りの世話など介護は完全に平等に分担しにくい側面はあるにせよ、この問題がやっかいなのは、きょうだいが相続でもめるもとになりやすいからだ。過去には、親の介護の貢献度の差から、相続をめぐって法廷で争った例も見られる。
「亡くなった人への生前の貢献度を考慮せず、単に法定相続分で財産を分けるほうが、本来は不公平であるはずです」
相続に詳しい税理士の福田真弓さんは、こう指摘する。山下さんのように、自分だけが認知症の母の介護をしたのに、母の死後、遺産はきょうだいで平等に分けようと言われたら、不公平に感じるのは当然だ。民法の法定相続では、きょうだいの相続割合は平等に分割するのが決まり。ただし、生前、親の介護や事業の支援などで貢献した場合、法定相続分より多く遺産を引き継げる「寄与分」という仕組みがある。相続人が、実質的に公平な遺産分割を行えるようにという考え方から生まれた。