今大会のヒーロー、金足農のエース吉田輝星(撮影・松永卓也)
今大会のヒーロー、金足農のエース吉田輝星(撮影・松永卓也)
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準々決勝の近江戦でツーランスクイズを決めた金足農。球場は興奮のるつぼと化した(撮影・馬場岳人)
準々決勝の近江戦でツーランスクイズを決めた金足農。球場は興奮のるつぼと化した(撮影・馬場岳人)

 100回記念大会の夏の甲子園に“旋風”が巻き起こっている。秋田代表で「公立高校の星」金足農である。34年ぶりに4強に進出。プロも注目する高校球界ナンバーワン投手の吉田輝星を中心に神がかった勝利を収め、もはや高校野球ファンの心をわしづかみにしている。当時、KKコンビのPL学園と接戦を演じた先輩たちの成績を超えることができるか。8月20日の第1試合で、優勝経験のある日大三と対戦する。

【準々決勝の近江戦でツーランスクイズを決めた金足農】

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 白いマウスピースを噛みしめてマウンドを支配する“怪物”が、平成最後の甲子園に現れた。 100回記念大会で「公立高校」を4強に押し上げた金足農の150キロ右腕、吉田輝星だ。秋田大会で5試合43イニングを完投し、57三振を奪った吉田の勢いは、甲子園に舞台を移しても止まらない。

 鹿児島実との1回戦では157球、14奪三振。2回戦、強打の大垣日大戦は154球で13奪三振。3回戦では強豪横浜を相手に164球、14奪三振。「9回になって、もう一段ギアを上げたスライダーをとらえきれなかった」(横浜の5番内海貴斗)。そして準々決勝。近江戦では140球を投じて、10奪三振。「スライダーのキレがすごかった」(近江の4番北村恵吾)。

 4試合で計51奪三振。いずれの試合も2桁奪三振で完投している。大会記録に並ぶ4試合連続の2桁奪三振は2012年の桐光学園・松井裕樹(楽天)に続く史上7人目の記録だ。

 疲労の度合いが増していたはずの3回戦の最終回には、笑みすらこぼして、161球目に自己最速タイの150キロをマーク。三者連続三振で締めた。試合後の吉田は言うのだ。

「冬の苦しかった練習を思い出して、気持ちを込めて投げた」

 34年ぶりの4強をかけた一戦を前には不安が襲った。横浜戦の中盤ぐらいから左股関節に違和感があった。それでも、吉田はマッサージを施し、先発を志願した。

「(先発で)行かせてくださいと言ったのは初めてです。負けるわけにはいかないと思って」

 準々決勝。「球速が出ていなかったので変化球で、と思った」と語った吉田は、スライダーを効果的に使って強力打線の近江を2点に抑えた。

 そんな吉田ばかりに注目が集まりがちだが、金足農に代々伝わる「全員野球」、「小技の野球」は健在だ。その象徴とも言えるのが、勝負所で見せる「スクイズ」だ。

 横浜との接戦を制した3回戦を終え、8回に逆転3ランを放った5番高橋佑輔は頬を紅色に染めて次戦に視線を送った。

「今日のホームランは忘れて、明日も粘り強く戦います。秋田県だけではなく、全国の農業高校の代表として戦いたい」

 その言葉は本物だった。8月18日、近江との準々決勝。1点を追う9回裏に先頭打者としてレフト前ヒットを放ったのが高橋だった。

「ベンチのみんなに『意地で何としてでも出塁しろ』って言われていたので、その思いに応えなきゃいけないなって。球場全体が味方になってくれたので、チームメイトと球場の人たちが一緒になって戦っているようでした」

 ユニフォームの胸には『KANANO』の文字が刻まれる。地元では「カナノウ」の呼び名が定着する農業高校を後押しする力が、近江戦の9回裏には確かにあった。金足農への声援が甲子園に広がり、1球ごとにスタンドがどよめく。逆転を信じるアルプスの応援団の演奏に合わせた手拍子が、夕暮れ時の聖地を包み込むようだった。

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無死満塁のチャンスで、打席に立ったのが…