「休み時間に尊師のテープを聞いて修行していたり、カルマがたまるといって体を触られるのを極端に嫌がるので、オウムの信者はすぐわかります。それでも、べつに何もいわれませんでした」(Aさん)

 なかには、仕事の合間に布教をした信者もいて、他の会社の社員で、誘われて出家した人が何人もいたという。

 Aさんが原発で働いていた昨年の時点では、オウムの犯罪性がいまほど明白ではなかったが、坂本弁護士一家拉致事件や本県波野村での事件などは、すでに有名だった。それでも、不問にされた理由について、Aさんは、

「オウムの信者は、お布施をしたいという目標もあるからまじめに働くし、酒を飲んでけんかをすることもない。使いやすかったんでしょう」

 といって笑う。

 福岡県警の調べでも、原発ジャック計画といった具体的なものは全く出てこなかった。逮捕された社長の妻も、

「主人は信仰は信仰、仕事は仕事の人。ビジネスとして信者を雇っただけなんです」

 というし、捜査幹部は、

「場所が場所だけに、当初は、原発への破壊工作なり、情報収集を狙ったのではないかと疑っていました。しかしそうした意図は全く浮かんでこない。教団幹部のメモや証言にも、これまで原発に関するものはなかった」

 と語る。

 それに、原発ジャックについては、たとえ計画してもその現実性については、専門家も電力会社も否定的だ。

■原発で稼いだカネは教団へ布施

 そのいちばんの理由は、オウムの信者たちが入っていたのは、検査で稼働が止められた原発だったということだ。

「チェルノブイリのような大規模な放射能汚染を起こすためには、稼働中の原発を誤作動させる必要があります。検査中の原発で、放射能漏れを起こさせるには、原子炉を格納した頑丈な建物だけでなく燃料棒まで破壊しなくていはいけません。これには、相当大規模な破壊が必要だし、たとえ破壊できたとしても、さほど深刻な汚染にはならないのではないでしょうか」(前出の西尾氏)

 というし、東京電力でも、

「C区域では、作業員が予定外の動きをすればちゃんとわかるようになっている。カメラを持ち込んだといっても、おそらく検査に使う許可済みの機材で記念写真をとったのが真相ではないか。C区域では、ネジの一本、消耗品の一つまで異物混入管理係という専門職員がいてチェックしている。作業服に着替える段階では裸になっているわけだし、爆弾が持ち込める可能性はない。仮に持ち込んだとして、格納容器を囲む鉄筋コンクリートの壁は厚さ2メートルある。簡単に破壊できない」

 というのである。

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なぜ、原発ジャックは起きなかったのか