手のしびれによりシャツのボタンが掛けにくくなったし、囲碁の碁石を十分に握れず、気をつけないと対局中に落とすこともある。手の指はいつもチリチリとしており、むち打ち症で頸椎(けいつい)を痛めたのが原因で生じた現象と同じである。
足のしびれのほうが、もっと深刻である。指先だけでなく、くるぶしから下がまひし歩行のバランスを崩すこともある。特に足裏はセロハンを貼ったような感触で、歩行中の違和感が抜けきれない。
なぜ、こんな苦しみを味わわなければいけないのか。
結局、抗がん剤治療が全体としてメリットが大きいということだからである。抗がん剤治療の意味は、副作用のマイナスが耐えられぬほどではなく、その一方でがんをある程度抑え「がんとの共存」の環境づくりをしているプラスの側面がより大きいということであろう。
■「似合いますよ」と言われたスキンヘッド
先述のように、がんが発覚してから1年経つころからアブラキサンが再々投与された。
アブラキサンは、頭髪の脱毛の元凶である。次第に脱毛が増え、もはや復活の希望は皆無の状況となった。それまで会議や会食など人前に出るときには他の出席者に断り、帽子を着用しカムフラージュしてきた。というのもわずかなうぶ髪が頭のてっぺんにもうもうと残り、そのままの状況で人前に晒すには忍びないものがあったからである。
そこで1年経った頃思い切って、理髪店にいき全部を剃り落としてもらった。スキンヘッドという新たな髪形にした私を見て、世辞であろうが「なかなか似合いますよ」と言ってくれる人も多く、次第にあまり気にならなくなった。気分を一新して、がん生活の2年目を始めることにした。
この脱毛現象は頭髪だけではなく、体毛まですべて根こそぎなくなってしまった。困ったことに、眉毛までも抜けてきた。スキンヘッドはいいとしても、眉毛がないと顔にアクセントがなくなってしまい、なんとも締まりのない顔になってきた。
しかしながら数カ月前からアブラキサンの投与をやめたこともあり、頭髪が次第に復活してきた。いまはGIカットぐらいの髪の量になっている。いまさらに抗がん剤の影響の強さに驚いている。
◯石弘光(いし・ひろみつ)
1937年東京に生まれ。一橋大学経済学部卒業。同大学院を経てその後、一橋大学及び放送大学の学長を務める。元政府税制会会長。現在、一橋大学名誉教授。専門は財政学、経済学博士。専門書以外として、『癌を追って』(中公新書ラクレ)、『末期がんでも元気に生きる』(ブックマン社)など